《断章のデュエリスト》
第一部 学園・日本編

第2章 学園都市の異能戦
| キャラクター | 年齢 | 学年 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 九条 蓮 | 17歳 | 高等部2年 | 主人公・ブレイカー |
| 氷室 アリア | 16歳 | 高等部2年 | 蓮と同級生・転入生 |
| 神楽 木葉 | 16歳 | 高等部1年 | 生徒会情報局 |
| 斎宮 朔夜 | 17歳 | 高等部2年 | 学園最強クラス |
| 水城 翠 | 17歳 | 高等部2年 | 蓮の幼馴染 |
| 佐伯 湊 | 17歳 | 高等部2年 | 蓮の友人 |
第1節 日常への帰還
朝。
窓から差し込む光が、机の上に細長い帯を作っていた。
九条蓮は、ベッドの上で目を覚ました。
「…………」
しばらく天井を見つめる。
何か夢を見ていた気がする。
けれど、内容が思い出せない。
ただ――。
黒い亀裂。
白い文字。
そして、もう一人の自分。
その三つだけが、頭の奥に残っていた。
「……夢、だったんだよな」
自分に言い聞かせるように呟く。
布団から起き上がり、制服に着替える。
机の上には、昨日までと何も変わらない教科書。
参考書。
筆箱。
読みかけの漫画。
そして、スマートフォン。
画面を確認すると、佐伯湊からメッセージが届いていた。
『今日、遅刻すんなよ』
続けて、
『数学の小テストあるからな』
蓮は思わず苦笑した。
「……そうだった」
異世界でも、境界異常でも、謎の組織でもない。
今日は数学の小テストがある。
それだけの話だ。
「……平和だな」
そう呟いた瞬間だった。
右手が、わずかに熱を持った。
「……っ」
蓮は反射的に右手を握る。
何もない。
傷もない。
文字も浮かんでいない。
それなのに――。
手のひらの奥で、何かが脈打っている。
「……《断章》」
小さく呟いた。
すると、ほんの一瞬だけ。
視界の端に白い文字が浮かんだ。
《接続率――》
「……!」
慌てて目を閉じる。
もう一度見る。
何もない。
「……気のせいか」
蓮は右手を見つめた。
市ヶ谷での戦い。
境界獣。
亀裂。
《亀裂の刃》。
そして、黒い紙に記されていた、
――《弐》。
あれから数日。
エッジズからは、まだ正式な任務命令は来ていない。
だから今日は学校へ行く。
普通の高校生として。
そう決めた。
「……行くか」
蓮は鞄を手に取った。
玄関を出る。
朝の街は、いつもと変わらなかった。
通学する学生。
駅へ急ぐ会社員。
コンビニの前で話す高校生。
信号待ちをする人々。
昨日までと同じ東京。
昨日までと同じ世界。
――のはずだった。
「……」
蓮は立ち止まった。
駅前のビルを見る。
何もない。
けれど、以前なら気にも留めなかった建物の角に――。
ほんのわずかな揺らぎが見えた。
「……またか」
目を細める。
空気が薄く歪んでいる。
それは、普通の人間には見えない。
ほんの一瞬。
陽炎のように揺れたかと思うと、消えた。
「蓮!」
背後から声がした。
「うわっ!」
肩を叩かれる。
「朝から何ぼーっとしてんだよ」
「……湊」
佐伯湊が笑っていた。
「おはよう」
「おはようじゃねえよ。何回メッセージ送ったと思ってんだ」
「悪い」
「寝坊?」
「いや……ちょっと考え事」
「また?」
「またって何だよ」
「最近のお前、なんか変だぞ」
湊は蓮の顔を覗き込む。
「目の下、ちょっとクマあるし」
「……寝不足」
「夜更かし?」
「まあ……そんなところ」
「ゲーム?」
「違う」
「勉強?」
「それも違う」
「じゃあ恋?」
「なんでそうなるんだよ!」
湊が声を上げて笑った。
「ははは! なんだよ、反応するじゃん!」
「朝から疲れるな……」
「それだよ」
「何が?」
「そうやって普通にツッコむところ。少し安心した」
「……?」
「いや。ここ数日の蓮、なんつーか……」
湊は少しだけ真面目な顔になった。
「別の場所にいるみたいだったから」
蓮の足が止まる。
「……そう見える?」
「見える」
「どんなふうに?」
「うーん……」
湊は腕を組んだ。
「何かを探してる感じ」
「……」
「本人も何を探してるのか分かってないけど、ずっと周りを見てる」
「…………」
「違う?」
蓮は答えられなかった。
図星だった。
自分でも気づいている。
街を見る。
人を見る。
建物を見る。
空を見る。
何かが隠れていないか。
どこかに、あの黒い亀裂がないか。
そして――。
もう一人の自分がいないか。
「……ちょっとだけ、気になることがあるんだ」
「何?」
「……いや」
蓮は首を振った。
「まだ分からない」
「そっか」
湊はそれ以上聞かなかった。
「まあ、話したくなったら言えよ」
「……ありがとな」
「友達だろ」
湊は笑った。
その笑顔を見て、蓮は少しだけ胸が軽くなった。
学校へ向かう。
校門をくぐる。
廊下を歩く。
教室に入る。
「おはよー!」
「昨日の宿題やった?」
「やば、忘れた!」
「今日小テストだって!」
「マジで!?」
騒がしい。
いつも通り。
それが妙に懐かしく感じた。
「……普通だ」
「何が?」
湊が隣から聞く。
「いや……」
蓮は教室を見回した。
「こういうの、久しぶりだなって」
「たった数日だろ」
「そうなんだけどな」
席に座る。
教科書を出す。
机の上にシャープペンを置く。
その瞬間――。
教室の扉が開いた。
アリアが歩いてくる。
蓮の隣に座る。
「…………」
「…………」
二人とも前を向いている。
数秒。
アリアが小声で言った。
「おはよう、九条蓮」
「……おはよう」
「今日は普通の学生として振る舞うわ」
「そうしてくれ」
「あなたもね」
「……分かってる」
アリアは前を向いたまま、微笑んだ。
「でも、あなたの右手」
「……!」
蓮が反射的に右手を隠す。
「何?」
「何か反応している」
「見えるのか?」
「少しだけ」
「……また接続率が?」
「正確には分からない」
アリアは声を落とした。
「でも、以前より反応が弱くなっている」
「それって良いことなのか?」
「分からない」
「……え?」
「弱くなったのではなく――」
アリアが蓮を見る。
「深く沈んでいるだけかもしれない」
「…………」
その言葉に、蓮は返事ができなかった。
やがて担任が黒板を叩く。
「はいはい、私語はそこまで。今日は連絡事項があるからな」
教室が静かになる。
授業が始まった。
数学。
英語。
現代文。
どれも以前と変わらない。
けれど、蓮には違って見えた。
黒板の文字。
教科書の文章。
誰かが書いたノート。
何気ない会話。
それらすべてが――。
以前より「意味」を持っているように感じる。
言葉。
文章。
物語。
それらが現実のどこかに繋がっている。
「……」
蓮は教科書を見つめた。
そこには普通の文章しか書かれていない。
それなのに。
一瞬だけ。
文字の隙間に白い線が走った。
「……っ」
目をこする。
「九条」
教師の声。
「はい!」
「ここ、答えてみろ」
「え?」
「ぼーっとしてた罰だ」
教室から笑い声。
「……分かりません」
「正直だな」
さらに笑い声。
湊が後ろから小さく、
「ドンマイ」
と囁いた。
蓮は苦笑した。
――普通だ。
これでいい。
異能も。
断章も。
境界も。
並行世界も。
今は忘れていい。
そう思った。
昼休み。
蓮と湊は屋上へ向かった。
弁当を広げる。
「なあ、蓮」
「ん?」
「氷室さんと知り合い?」
「……まあ」
「やっぱり?」
「どうして?」
「お前ら、朝からなんか変だった」
「変って何だよ」
「目で会話してた」
「してない」
「してた」
「してないって」
湊はニヤニヤする。
「怪しいなあ」
「……本当に何でもない」
そこへ、
「何が何でもないの?」
声がした。
「うわっ!」
アリアが屋上の扉を開けた。
「氷室さん!?」
「ここ、来てもいい場所だった?」
「いや……いいけど」
アリアは蓮の向かいに座った。
「昼食?」
「そうだけど」
「じゃあ私も」
「普通に馴染んでるな……」
「転校生だから」
「関係ある?」
「あるわ」
アリアが弁当を開く。
その様子は、本当に普通の女子高校生だった。
湊が少し不思議そうに見つめる。
「なあ、氷室」
「何?」
「前の学校ってどこ?」
一瞬。
アリアの箸が止まった。
「……遠いところ」
「どこだよ、それ」
「遠いところ」
「二回言った」
「大事なことだから」
「怪しすぎる……」
蓮は思わず笑った。
「何よ」
「いや……」
エッジズのアリアとは全然違う。
戦闘時には冷静で、敵を前にしても表情一つ変えない。
それなのに今は、
「卵焼き、おいしそう」
「食べる?」
「いいの?」
「一個だけなら」
「ありがとう」
そんな普通の会話をしている。
蓮は思った。
もしかすると。
アリアもこういう日常を欲しかったのかもしれない。
「……なあ、アリア」
「何?」
「エッジズから、何か連絡は?」
「まだない」
「任務は?」
「今のところ」
「そうか」
少しだけ安心する。
少なくとも今日は、普通の学生でいられる。
午後の授業も終わった。
終業のチャイム。
生徒たちが一斉に立ち上がる。
「帰ろうぜ、蓮」
「うん」
鞄を持つ。
教室を出ようとした、その時だった。
『――校内放送を開始します』
スピーカーから、普段とは違う声が響いた。
生徒たちが足を止める。
『全校生徒へ連絡します』
ざわめきが広がる。
『本日より、生徒会主催――』
蓮は何となく立ち止まった。
右手が、微かに熱を持つ。
「……?」
アリアも顔を上げた。
スピーカーから続きが流れる。
『――《学園断章デュエル》を開催します』
「…………」
教室が一瞬、静まり返った。
次の瞬間。
「マジか!」
「今年もやるの!?」
「誰が出るんだ?」
「斎宮先輩も出るのかな!」
歓声が上がる。
湊も目を輝かせた。
「おい蓮!」
「何?」
「これ知ってる?」
「いや」
「斎苑学園の名物だよ!」
「そうなの?」
「知らなかったのか!?」
湊が驚く。
蓮はスピーカーを見つめた。
胸の奥が、ざわついている。
右手の熱が強くなる。
白い文字が、一瞬だけ浮かんだ。
《断章》
《接続》
《――開》
「……またか」
蓮は手を握った。
その隣で、アリアが静かに呟く。
「始まったわね」
「……何が?」
アリアは答えなかった。
ただ、教室の向こう。
廊下の先を見ていた。
そこには、生徒会の腕章をつけた生徒が立っている。
その背後には、一人の少年。
黒い髪。
鋭い眼差し。
腰には、一本の刀を思わせる断章器。
少年は蓮を見た。
目が合う。
一瞬。
世界の音が遠くなった気がした。
少年は何も言わない。
ただ、蓮を見つめる。
そして静かに背を向けた。
「……誰だ?」
蓮が尋ねる。
湊が答えた。
「知らないのか?」
「うん」
「斎宮朔夜」
その名前を聞いた瞬間。
右手が、強く熱を持った。
白い文字が一瞬だけ浮かぶ。
《断章――反応》
蓮は息を呑んだ。
「……斎宮、朔夜」
その名を口にした瞬間。
少年が振り返った。
遠くから、視線だけが交わる。
朔夜の口元が、ほんの僅かに動いた。
「……九条蓮」
聞こえた気がした。
そして――。
校内に再び放送が流れる。
『学園断章デュエル――参加受付を開始します』
『語り手たちの皆さん』
『あなたの物語を――』
『その力で証明してください』
ざわめく校舎。
歓声。
足音。
無数の声。
その中で、蓮は自分の右手を見つめていた。
数日前まで。
この街は、ただの日常だった。
学校へ行き。
友達と話し。
授業を受け。
家へ帰る。
それだけだった。
けれど今は違う。
日常のすぐ隣に、断章がある。
物語がある。
境界がある。
そして――。
戦う者たちがいる。
「……俺も、出る」
蓮が呟いた。
「え?」
湊が振り返る。
蓮は廊下の先を見た。
もう朔夜の姿はない。
それでも、その背中が目に焼き付いている。
「俺、出るよ」
アリアが静かに蓮を見る。
「本当に?」
「ああ」
「負けるかもしれないわよ」
「分かってる」
「怖くない?」
蓮は少しだけ考えた。
そして笑った。
「怖いよ」
「……そう」
「でも」
右手を握る。
「今度は、何も知らないまま戦いたくない」
アリアは何も言わなかった。
ただ、小さく頷いた。
窓の外。
夕暮れの斎苑市が赤く染まっていく。
その空のどこかに――。
誰にも見えない、ほんの小さな亀裂が生まれていた。
まだ誰も気づいていない。
蓮も。
アリアも。
学園の生徒たちも。
そして、その亀裂の向こう側で。
一冊の本が、ゆっくりと開いていた。
ページには、こう記されている。
《第一部――学園断章デュエル》
《開始》
そして、その下に。
誰かが新しい文字を書き加えた。
《九条蓮――第一戦》
――物語は、再び動き始めた。
第2節 神楽木木葉
昼休み。
斎苑学園の食堂は、昼食を求める生徒たちで賑わっていた。
蓮は湊と別れ、一人で窓際の席に座っていた。
窓の外では、秋の風に揺れた木々がかすかな音を立てている。
「……平和だな」
市ヶ谷での任務。
境界異常。
断章。
数日前までなら、自分とは無関係だったはずの言葉が、今では日常のすぐ隣にある。
そんなことを考えていると――
「……平和だな」
思わず、そんな言葉が口から漏れる。
「何が?」
隣から声がした。
「ここ、いい?」
「うわっ」
蓮が振り向く。
顔を上げると、トレーを持った女子生徒が立っていた。
肩まで伸びた髪。
人懐っこそうな笑顔。
そして、こちらを覗き込むような大きな瞳。
「びっくりした?」
「……びっくりするだろ。急に横に立つなよ」
「あはは、ごめんごめん」
彼女は悪びれる様子もなく笑った。
「神楽木木葉。1年生」
「……知ってる」
「あれ? 私、有名?」
「生徒会の情報局だろ」
「お、知ってるんだ」
木葉は嬉しそうに笑って、蓮の向かいに座った。
「じゃあ、話が早いね」
「九条くんって、いつも一人で食べてるよね」
「そういうわけじゃ……」
「佐伯くんは?」
「湊なら購買に行った」
「そっか」
彼女は蓮の机の前に手をついた。
「じゃあ、今は一人だね」
「……何か用?」
「うん。ちょっとね」
彼女はにこりと笑った。
「そう」
その瞬間。
蓮の中で、ほんのわずかに警戒心が動いた。
生徒会。
情報局。
その言葉自体に危険なものがあるわけではない。
だが。
今の蓮には、普通の学校生活を送っているだけでは済まされない秘密がある。
エッジズ。
断章。
境界異常。
ブレイカー。
そして――。
自分と同じ顔をした、別世界の自分。
「……情報局って、何をするんだ?」
「学校中の情報を集めるところ」
「学校中?」
「うん」
木葉は指を一本立てた。
「生徒会の活動記録。部活動の予定。校内イベント。先生たちのスケジュール。校舎の設備。過去の事故記録。生徒同士のトラブル。噂話。新聞部の記事。旧校舎の資料。学園祭の来場者データ――」
「……待って」
「なに?」
「最後のほう、学校の情報じゃなくないか?」
「学校に関係するなら学校の情報だよ」
「その理屈は怖いな……」
木葉は楽しそうに笑った。
「でもね」
笑顔のまま、声だけが少し低くなる。
「情報って、集めるだけじゃ意味がないんだよ」
「……」
「いつ、どこで、誰が、何を見たのか」
木葉の瞳が、蓮をまっすぐ捉える。
「そして――誰が、それを見なかったことにしたのか」
蓮の手が止まった。
「……何が言いたい?」
「まだ何も」
「まだ?」
「うん」
木葉は椅子を引き、蓮の前に腰を下ろした。
「九条くんってさ」
その笑顔が、少しだけ変わった。
「最近、学校の外で何かしてるでしょ?」
「……」
沈黙。
蓮は答えなかった。
木葉も急かさない。
ただ、笑顔でこちらを見ている。
「……何の話?」
「そういう返しすると思った」
「だったら聞くなよ」
「あはは」
木葉は楽しそうに笑った。
「でも、面白いね」
「何が?」
「九条くん」
「俺?」
「うん」
木葉は頬杖をつく。
「普通の人なら、もっと分かりやすく動揺するから」
「……」
「でも九条くんは違う」
「どう違う?」
「質問された瞬間に、まず相手が何を知っているのかを確認しようとする」
蓮は言葉を失った。
「それって……」
「情報を扱う人の反応なんだよ」
木葉は笑った。
「九条くん、結構面白いね」
「……褒められてる気がしない」
「褒めてるよ?」
そのときだった。
蓮の右手が、ほんの一瞬だけ熱を持った。
「っ……」
制服の袖の下。
見えない場所で。
白い文字が浮かび上がる。
《断章》
《接続》
《十三%》
ほんの数秒。
そして消える。
「……」
木葉の目が、その一瞬だけ右手に向いた。
蓮は気づいた。
「……見た?」
「何を?」
木葉は首を傾げた。
「今……」
「今?」
「いや……」
蓮は言葉を飲み込む。
すると木葉は、ふっと笑った。
「やっぱり」
「……何が?」
「九条くんって、変だね」
「それ、褒めてないだろ」
「褒めてる褒めてる」
木葉は立ち上がった。
「放課後、時間ある?」
「え?」
「ちょっと見せたいものがある」
「何を?」
「秘密」
「……信用できないな」
「ひどい!」
木葉は頬を膨らませる。
「私は九条くんの味方だよ?」
「まだ何も頼んでないけど」
「だから先に言ってるの」
そう言って、木葉は教室を出ていった。
蓮はその背中を見送る。
「……なんなんだ、あいつ」
すると後ろから声が飛んできた。
「九条!」
「湊」
戻ってきた佐伯湊が、パンを片手に近づいてくる。
「今の誰?」
「神楽木木葉」
「情報局の?」
「ああ」
「へぇ……」
湊は木葉が消えた廊下を眺める。
「珍しいな」
「何が?」
「あの神楽木が、普通の男子に話しかけてる」
「普通の男子って言うなよ」
「いや、だってさ」
湊は声を落とした。
「神楽木木葉、学年でも有名だぞ」
「そうなのか?」
「情報通」
「それは本人から聞いた」
「違う違う」
湊は首を振った。
「『情報通』なんてレベルじゃない」
蓮は黙って聞く。
「去年、文化祭の備品が一つなくなったことがあったんだ」
「備品?」
「誰も盗んだところを見てない。先生たちも原因不明。ところが神楽木が、半日で見つけた」
「どうやって?」
「監視カメラの死角。部活の活動時間。倉庫の鍵を借りた人間。さらに、その日の天気まで調べて――」
「天気?」
「雨が降った時間と、校舎裏の足跡が一致してたらしい」
「……」
「で、犯人を特定」
「すごいな……」
「まだある」
湊は指を折った。
「去年の校内トラブルも、中等部だった神楽木が調べて解決したって話だぞ。部費の横領疑惑だって、最初におかしいって気づいたのは神楽木らしいし。旧校舎の立入禁止区域に誰かが入ってるって噂が出たときも、あいつが一番最初に動いたって聞いた」
「……旧校舎?」
「ああ」
蓮の表情がわずかに変わる。
湊は気づかなかった。
「まあ、とにかく、あいつに隠し事はしないほうがいいってこと」
「……もう遅いかもしれない」
「え?」
「なんでもない」
蓮は窓の外を見た。
青い空。
穏やかな校舎。
普通の昼休み。
なのに。
なぜか胸の奥が落ち着かない。
まるで。
誰かに、見つけられているような――。
◆
放課後。
生徒会室の隣にある情報局室。
木葉は一人、机の上に大量の資料を広げていた。
「……やっぱり」
紙を一枚。
次にタブレット。
そして古いファイル。
最後に、一冊の学園史。
木葉はそれぞれを照合する。
「市ヶ谷」
画面に表示された記録。
「境界異常」
古い新聞記事。
「九条蓮」
学園の生徒名簿。
「そして――エッジズ」
そこだけは、公式記録には存在しない。
木葉は椅子を回した。
「存在しない組織の名前が、三つの別々の資料に出てくる」
指先で画面を操作する。
「しかも全部、同じ時期」
木葉は笑った。
「これ、普通じゃないよね」
そのとき。
情報局室の扉が開いた。
「神楽木」
「はい」
生徒会役員が顔を出す。
「また調べものか?」
「うん」
「何を?」
「学校のこと」
「またか……」
役員は呆れたように笑う。
「お前、本当に情報好きだな」
「うん」
木葉は笑顔で答えた。
「だって、知らないことって面白いじゃん」
役員が出ていく。
扉が閉じる。
木葉の笑顔が消えた。
「……でも」
机の上に、一枚の紙を置く。
そこには。
《九条蓮》
その名前の横に、赤い線が引かれていた。
「知りたいんだよね」
木葉は小さく呟く。
「九条くんが、何者なのか」
◆
夕方。
校舎裏。
人の少ない場所で、蓮は木葉と向き合っていた。
「それで?」
「うん」
木葉は一冊の古い本を取り出した。
「これ」
「……学園史?」
「そう」
「何で俺に?」
「見て」
木葉がページを開く。
そこには、数十年前の斎苑学園の写真。
校舎。
生徒たち。
そして――。
「……これ」
蓮が目を細めた。
「この場所……」
「気づいた?」
「今の校舎と違う」
「そう」
木葉はページをめくる。
「斎苑学園には、昔、旧図書館があった」
「旧図書館?」
「今は取り壊されてる」
「……どうして?」
「記録上は老朽化」
「記録上は?」
木葉は笑った。
「情報局はね。公式記録だけを見る場所じゃないの」
「……」
「書かれていることより」
木葉の指が、ページの端をなぞる。
「書かれていないことのほうが、面白い場合もある」
蓮は息を呑んだ。
「旧図書館については、記録が妙に少ない」
「少ない?」
「建物があったことは分かる。でも、何が保管されていたのかが全部抜けてる」
「……」
「まるで」
木葉が蓮を見る。
「最初から、そこだけ誰かが消したみたいに」
蓮の右手が熱くなった。
「……っ」
「九条くん?」
「何でもない」
だが。
右手の中に。
確かに何かがいる。
文字。
白い光。
そして。
あの本と同じ気配。
「……木葉」
「なに?」
「どうして俺にこれを見せた?」
木葉は少しだけ黙った。
そして。
いつもの明るい笑顔を浮かべた。
「九条くんってさ……」
風が吹く。
木々が揺れる。
「自分が何者なのか、知りたくない?」
「……どうしてそれを?」
蓮の声が低くなる。
木葉は、にっこり笑った。
「情報局だから」
「……それだけ?」
「うん」
「嘘だろ」
「あはは」
木葉は笑った。
「鋭いね」
「お前……何を知ってる?」
「全部じゃないよ」
「じゃあ、何を知ってる?」
「九条くんが普通じゃないこと」
「……」
「市ヶ谷で何かが起きたこと」
「……!」
「エッジズっていう、普通なら存在しない組織が動いていること」
蓮の表情が変わる。
「そして――」
木葉は一歩近づいた。
「九条くんが、その中心にいること」
「……木葉」
「怖い?」
「……怖いに決まってる」
蓮は拳を握った。
「自分でも分からないんだ」
声が震える。
「俺の右手に何が起きてるのか」
「うん」
「俺が何なのか」
「うん」
「どうして別の世界に、俺と同じ人間がいるのか」
木葉の笑顔が消えた。
「……そこまで」
「知ってる」
蓮が続ける。
「なのに俺には何も分からない」
沈黙。
木葉はしばらく蓮を見つめていた。
そして。
「じゃあ」
静かに言った。
「一緒に調べようか」
「……え?」
「九条くんのこと」
「俺の?」
「うん」
木葉は胸元に手を当てた。
「私は情報を集めるのが得意」
その瞳が、淡い光を帯びる。
「九条くんは、境界を切るのが得意」
「……!」
「だったら」
木葉が笑う。
「二人でやれば、何か見つかるかもしれない」
次の瞬間。
木葉の背後に、淡い竹林が現れた。
「な――」
現実の校舎裏には存在しない。
月明かりに照らされた竹。
風に揺れる葉。
その中央に、一人の少女の幻影が立っている。
「これが……」
蓮が息を呑む。
「私の断章」
木葉が言った。
「《竹取ノ幻影》」
竹林の中。
無数の光る紙片が舞い始めた。
写真。
文字。
記憶。
誰かの声。
そして、過去の映像。
「これは……何だ?」
「情報の残滓」
「残滓?」
「場所や物、人が残した記憶を、幻として再現するの」
木葉が一枚の紙片に触れる。
すると。
数年前の校舎が映し出された。
「私が見た情報だけじゃない」
木葉は言った。
「その場所に残っている『物語』から、断片を拾える」
蓮は目を見開く。
「……断章と似てる」
「うん」
木葉も頷いた。
「だから私は、断章のことを少しだけ調べてる」
「少しだけ……?」
「ほんの少し」
木葉は笑った。
「まだ、全然足りないけどね」
そのとき。
竹林の幻影の奥に、一枚の紙が浮かんだ。
そこに書かれていた名前。
――九条蓮。
「……!」
蓮が一歩前に出る。
「俺?」
「違う」
木葉の声が変わった。
「これは……もっと古い」
紙に刻まれた日付。
数十年前。
蓮が言葉を失う。
「そんな……」
さらに一枚。
また一枚。
同じ名前。
別の日付。
別の記録。
別の場所。
まるで――。
「九条蓮という名前が」
木葉が呟く。
「何度も、物語の中に現れてる……?」
蓮の右手が強く光った。
《断章》
《接続》
《十三%》
そして。
今まで見たことのない文字が、一瞬だけ浮かび上がった。
《検索――開始》
「……何?」
木葉も驚く。
「今の……九条くんの力?」
「分からない」
光が消える。
竹林も消えていく。
夕暮れの校舎裏だけが残った。
木葉はしばらく黙っていた。
やがて。
「ねえ、九条くん」
「……何?」
「私、決めた」
「何を?」
「情報面では、私が九条くんを支える」
「……」
「戦うのは、九条くんやアリアちゃんたちの仕事」
木葉は笑った。
「でも、戦う前に必要なものってあるでしょ?」
「情報……?」
「正解」
木葉は指を立てる。
「敵が誰なのか」
「……」
「何を狙ってるのか」
「……」
「どこにいるのか」
「……」
「そして――」
木葉は蓮を見る。
「九条くん自身が、何者なのか」
蓮はしばらく黙っていた。
やがて、小さく笑う。
「……頼む」
「うん」
「俺一人じゃ、たぶん何も分からない」
「それでいいよ」
木葉は笑った。
「分からないから、調べるんだから」
夕暮れの空に、細い雲が流れていく。
蓮は思った。
アリアは、境界の向こうを知る人間。
木葉は、世界に残された情報を拾う人間。
自分にはまだ、何も分からない。
けれど。
少しずつ。
自分の物語を知るための仲間が増えている。
「……木葉」
「ん?」
「これからも、頼っていいか?」
「もちろん」
木葉は笑った。
「だって私、情報局だもん」
「それ、便利な言葉だな」
「あはは!」
二人の笑い声が、夕暮れの校舎裏に響いた。
――だが。
その二人から少し離れた校舎の屋上。
一冊の古い黒い本が、風もないのに静かに開いた。
ページには、いくつもの名前。
その中に。
新しく一行が浮かび上がる。
《神楽木木葉》
その下に。
小さな文字。
――《情報接続者》
そして、そのさらに下。
まだ誰も知らない一文が記されていた。
《竹取ノ幻影――第一記録、開示》
ページが閉じる。
誰も気づかない。
ただ、物語の中で。
一人の新しい語り手が、確かに歩き始めていた。
第3節 斎宮朔夜
午後の授業が終わった。
蓮は鞄を肩に掛け、教室を出る。
「九条!」
後ろから湊が追いついてきた。
「今日、部活ないんだろ?」
「ああ」
「じゃあ一緒に帰ろうぜ」
「悪い。ちょっと用事がある」
「用事?」
「生徒会のほうに呼ばれてる」
「また?」
「たぶん、木葉のことだと思う」
「神楽か」
湊が苦笑する。
「お前、最近あいつとよく一緒にいるな」
「……まあな」
「気をつけろよ」
「何に?」
「情報」
湊は真顔になった。
「あいつ、マジで何でも知ってるから」
「分かってるよ」
「いや、分かってないって」
湊は肩をすくめる。
「じゃ、また明日」
「ああ」
湊と別れ、蓮は校舎の廊下を歩いた。
生徒会棟へ向かう途中。
ふと、窓の外を見る。
中庭。
そこには、普段なら生徒がほとんど近づかない訓練場があった。
「……?」
人がいる。
制服姿の男子生徒。
手には――刀。
木刀ではない。
刃のある、実物に近い形状。
「なんで、学校に刀……」
蓮は足を止めた。
次の瞬間。
――キィン。
乾いた金属音が響いた。
男子生徒が刀を抜く。
その動きは、派手ではなかった。
むしろ静かだった。
一歩。
踏み込む。
横薙ぎ。
そして、止まる。
ただそれだけ。
なのに。
空気が変わった。
「……っ」
蓮は無意識に息を呑んだ。
訓練場の向こう。
刀を持った少年が、こちらを見た。
黒髪。
鋭い目。
整った顔立ち。
同じ高等部二年の制服。
しかし。
その場にいるだけで、周囲の空気が静かになる。
「……誰だ?」
蓮が呟く。
近くを通った生徒が答えた。
「知らないの?」
「え?」
「あの人、斎宮朔夜だよ」
「斎宮……」
「この学校で知らない人なんていないって」
別の生徒が会話に入ってくる。
「語り手としては学園最強クラス」
「去年のデュエル大会、優勝した人だよ」
「一昨年も上位だった」
「先生でも正面から戦いたくないって噂」
「……そんなに?」
蓮はもう一度、訓練場を見る。
朔夜は刀を鞘に収めていた。
その動作さえ、異様に静かだった。
そして。
朔夜が歩き出した。
こちらへ。
「……え?」
蓮は思わず身構えた。
朔夜は蓮の前で足を止める。
「九条蓮」
「……俺を知ってるのか?」
「知っている」
短い返答。
「最近、名前を聞くことが増えた」
「どこで?」
「いろいろなところで」
朔夜の視線が、蓮の右手へ移る。
「……その右手」
「!」
蓮は反射的に右手を隠した。
「何か見えるのか?」
「見えるわけではない」
「じゃあ……」
「感じる」
朔夜は淡々と言った。
「断章の気配だ」
蓮は黙った。
「お前も語り手なのか?」
「……そうだけど」
「そうか」
朔夜は少しだけ目を細める。
「なら、話が早い」
「何が?」
「一度、戦え」
「……は?」
「俺と」
蓮は固まった。
「いや、いきなり何言ってるんだ?」
「確かめたい」
「何を?」
「お前が何者なのか」
「それ、木葉にも言われたんだけど……」
「神楽にも?」
「ああ」
朔夜の眉がわずかに動いた。
「……そうか」
「何だよ?」
「面白い組み合わせだな」
「?」
朔夜は訓練場へ戻っていく。
「来い」
「待てって!」
蓮も慌てて後を追った。
◆
訓練場。
周囲には、すでに何人かの生徒が集まっていた。
「斎宮先輩だ!」
「またデュエル?」
「相手、九条じゃない?」
「最近噂になってる一年……じゃない、二年の?」
「そうそう。市ヶ谷の件の後から妙な話が――」
蓮は周囲を見回した。
「……見世物じゃないか」
「気にするな」
朔夜は中央に立つ。
「学園のデュエル規則に従う」
「本当にやるのか?」
「嫌なら帰ってもいい」
「……」
蓮は朔夜を見る。
その目に挑発はない。
ただ、確かめようとしている。
自分を。
そして。
自分の中にある何かを。
「……分かった」
蓮も中央へ歩く。
「やる」
観客から声が上がった。
「九条が受けた!」
「斎宮先輩相手に?」
「大丈夫かよ……」
蓮は拳を握る。
右手が熱い。
あの白い文字。
《断章》
《接続》
《十三%》
そして。
自分が持つ力。
境界を切る力。
朔夜が刀に手を添えた。
「断章接続」
低い声。
空気が変わる。
「《草薙ノ剣》」
――ズン。
地面が震えた。
「……っ!」
蓮は目を見開いた。
朔夜の手に握られていた刀が、ゆっくりと姿を変えていく。
刃が光った。
だが、それだけではない。
周囲に何かが重なっていく。
炎。
草原。
古い祭祀。
軍勢。
そして――。
一振りの剣を掲げる人々。
「何だ……これ……」
蓮の目の前に、無数の映像が浮かんでいた。
「見えているか」
朔夜が言う。
「……何を?」
「《草薙ノ剣》に積み重なったものだ」
朔夜が刀を構える。
「この剣は、ただの武器ではない」
「……」
「神話がある」
一歩。
「英雄がいる」
さらに一歩。
「勇気がある」
刃がわずかに上がる。
「戦いがある」
周囲の空気が震える。
「そして――王権という意味もある」
蓮は息を呑んだ。
「剣そのものを強くするんじゃない」
朔夜が言う。
「この物語に、人々が積み重ねてきた意味を借りる」
刀身が輝く。
「それを戦闘に変換する」
「……!」
次の瞬間。
朔夜が消えた。
「速――」
蓮は咄嗟に右手を前へ出した。
白い文字が浮かぶ。
《断章》
《裂》
《刃》
――亀裂の刃。
白い刃が現れる。
ガキィン!
衝撃。
蓮の身体が後ろへ吹き飛んだ。
「ぐっ!」
靴が地面を削る。
「重い……!」
ただの刀ではない。
斬撃そのものに、何かが乗っている。
蓮は歯を食いしばった。
「……だったら!」
再び亀裂の刃を作る。
朔夜へ向かって踏み込む。
「はああっ!」
斬る。
白い刃が迫る。
朔夜は避けなかった。
刀を立てる。
ガキン!
「な……」
蓮の刃が止まった。
その瞬間。
朔夜の目が鋭くなる。
「お前の力は、面白い」
「……!」
「だが」
刀を返す。
「まだ、物語を使えていない」
横薙ぎ。
蓮は間一髪で避ける。
頬を風圧が撫でた。
「っ……!」
地面に亀裂が走る。
「これが……同じ断章なのか?」
蓮は距離を取った。
自分も断章を使う。
朔夜も断章を使う。
なのに。
あまりにも違う。
蓮の断章は、文字として現れる。
意味を理解する前に。
ただ「切る」。
しかし朔夜は違う。
神話。
英雄。
勇気。
戦い。
王権。
その全てを理解したうえで。
一つの物語として扱っている。
「……同じ断章なのに」
蓮は呟いた。
「使い方が違いすぎる……」
「そうだ」
朔夜が答える。
「断章は、武器じゃない」
「……」
「物語だ」
朔夜の刀が淡く輝く。
「同じ物語でも、どう読むかで意味は変わる」
「読む……?」
「そうだ」
朔夜は構えを変えた。
「お前はまだ、自分の力を『切るための力』としてしか見ていない」
「……!」
「だから、切れる」
朔夜が踏み込む。
「だが、それ以上がない」
斬撃。
蓮は受ける。
吹き飛ばされる。
「ぐあっ!」
地面を転がる。
「九条!」
観客の誰かが叫んだ。
蓮は立ち上がる。
「……まだだ」
右手を握る。
「俺は……まだ……」
白い文字が浮かぶ。
《亀裂の刃》
朔夜は静かに見つめていた。
「来い」
「……ああ!」
蓮が走る。
斬る。
朔夜も斬る。
白と銀がぶつかる。
何度も。
何度も。
しかし。
蓮の攻撃は、少しずつ押されていく。
その理由が分からない。
速度ではない。
筋力でもない。
技術だけでもない。
もっと別の何か。
「何なんだ……」
蓮は息を切らす。
「どうして、こんなに違う……!」
朔夜は刀を構えたまま答えた。
「意味だ」
「……意味?」
「俺が使っているのは、剣そのものじゃない」
朔夜の背後に、一瞬だけ巨大な影が浮かぶ。
古い神話。
英雄。
戦場。
そして、剣を掲げる者。
「人がこの剣に託してきた意味だ」
刀身が震える。
「恐怖を越える勇気」
光が強くなる。
「国を背負う覚悟」
「……」
「敵に立ち向かう意志」
さらに強く。
「そして――」
朔夜が蓮を見据える。
「勝つためではなく、何かを守るために剣を握った者たちの物語」
蓮の胸がざわついた。
その言葉が。
妙に重かった。
「それを俺は、戦う力に変える」
朔夜が構える。
「それが《草薙ノ剣》だ」
蓮は息を呑む。
「……すごいな」
思わず漏れた。
悔しい。
けれど。
それ以上に。
知りたい。
「どうやったら……」
蓮は問いかける。
「俺も、そんなふうに使える?」
「さあな」
「え?」
「お前の断章は、俺とは違う」
朔夜は刀を収めた。
「だから、俺の使い方を真似しても意味がない」
「……」
「お前には、お前の読み方がある」
「俺の……読み方」
「ああ」
朔夜は蓮の右手を見る。
「お前が何を切りたいのか」
蓮は答えられなかった。
「考えろ」
朔夜は背を向ける。
「断章は、答えを与えてくれない」
「……」
「使う者が、意味を与えるんだ」
そう言って。
朔夜は訓練場を去っていった。
しばらく。
蓮はその背中を見ていた。
「……負けた」
圧倒的だった。
まだ本気ですらなかったのだろう。
それでも。
蓮の中には、不思議な感覚が残っていた。
悔しさ。
恐怖。
そして――。
可能性。
「俺の断章も……」
右手を見る。
白い文字は消えている。
「まだ、知らないだけなのか」
そのとき。
「九条くん!」
聞き慣れた声がした。
木葉だった。
人混みを抜けて走ってくる。
「大丈夫?」
「ああ」
「嘘」
「え?」
「右足、少し引きずってる」
「……よく見てるな」
「情報局だから」
「またそれか」
木葉は笑った。
「でも」
先ほどまで朔夜が立っていた場所を見る。
「斎宮先輩と戦ったんだ」
「ああ」
「どうだった?」
蓮は少し考える。
「……強かった」
「それだけ?」
「違う」
蓮は右手を見た。
「強いっていうより……」
言葉を探す。
「物語を、ちゃんと理解してる感じがした」
木葉の表情が変わった。
「……なるほど」
「俺はまだ、断章を武器としてしか見てない」
「うん」
「でも、朔夜は違った」
蓮は訓練場を見る。
「物語に積み重なったもの全部を力にしてた」
「神話とか?」
「ああ」
「英雄とか?」
「ああ」
「勇気とか?」
「……うん」
木葉は少しだけ笑った。
「じゃあ、いい勉強になったね」
「悔しいけどな」
「悔しいって思えるなら大丈夫」
「……何が?」
「まだ伸びるってこと」
蓮は木葉を見る。
「木葉」
「なに?」
「お前、本当に情報局なのか?」
「何それ」
「たまに妙に核心を突くから」
「あはは」
木葉は笑う。
「情報を集めてると、人が何を考えてるかも少し分かるようになるんだよ」
「……怖いな」
「褒め言葉として受け取っておくね」
二人が歩き出す。
その背後。
誰もいなくなった訓練場に。
一枚の白い紙が落ちていた。
風に揺れる。
そこには、誰かの手書きの文字。
――《草薙ノ剣》
そして、その下に。
小さく。
《意味変換率――未測定》
と記されていた。
まだ誰も知らない。
斎宮朔夜の《草薙ノ剣》には。
さらに深い意味が眠っていることを。
そして。
この学園には。
蓮とはまったく異なる「断章の使い方」をする語り手たちが、まだ何人も存在していることを。
蓮はまだ知らなかった。
第4節 デュエル大会開幕
翌朝。
斎苑学園の校内は、いつもとは明らかに違う空気に包まれていた。
「なんだこれ……」
昇降口を抜けた蓮は、掲示板の前で足を止めた。
普段なら部活動の連絡や行事予定が並んでいる場所。
その中央に。
大きな一枚のポスターが貼られていた。
そこに書かれている文字は――。
《斎苑学園・学園断章デュエル》
その下には、
《生徒会主催》
《語り手・断章使用者による公式校内競技》
とある。
「……デュエル?」
蓮が呟いた。
「おはよー、九条くん!」
後ろから明るい声がした。
振り返る。
「木葉」
「見た?」
「今見た」
「今日から始まるんだって」
「今日から?」
「うん」
木葉は掲示板を指差した。
「毎年恒例なんだよ」
「毎年?」
「斎苑学園の名物行事」
「……全然知らなかった」
「そりゃそうだよ」
木葉は笑う。
「九条くん、つい最近まで普通の学校生活だったんだから」
「……まあな」
蓮はポスターを見る。
「でも、デュエルって何だ?」
「文字通り」
「戦うのか?」
「そう」
「断章を使って?」
「そう」
「……危なくない?」
木葉は少し考えた。
「普通の人が見たら、たぶん怖いかもね」
「おい」
「でも大丈夫」
木葉は胸を張った。
「殺し合いじゃないから」
「……」
「そこ、大事」
木葉は指を一本立てる。
「学園断章デュエルの目的は、相手を倒すことじゃない」
「じゃあ何をする?」
「相手の断章接続を解除する」
「断章接続……」
「うん」
木葉は掲示板の下に貼られたルール説明を指差した。
「見て」
そこには簡潔に記されていた。
――第一条。
《デュエル中、参加者は断章の完全実体化を許可される》
――第二条。
《相手の生命・身体への直接的な致命攻撃は禁止》
――第三条。
《相手の断章との接続が解除された時点で敗北とする》
――第四条。
《接続解除を確認した審判が試合終了を宣言する》
蓮は読み終える。
「……つまり」
「うん」
「断章そのものを壊すんじゃなくて、使っている人との繋がりを切る?」
「正解」
木葉が笑う。
「だから、どれだけ強い断章を持っていても、接続を維持できなければ負け」
「なるほど……」
蓮は右手を見る。
《断章接続率》。
自分にも存在するもの。
「……俺にも関係あるな」
「もちろん」
「俺の接続を切られたら?」
「デュエル終了」
「俺が相手の接続を切ったら?」
「九条くんの勝ち」
「……」
蓮は掲示板を見つめた。
ふと。
昨日の朔夜との戦いを思い出す。
《草薙ノ剣》。
神話。
英雄。
勇気。
王権。
戦い。
それらすべてを意味として戦闘に変える力。
「斎宮も出るのか?」
「もちろん」
木葉は即答した。
「去年の優勝者だよ?」
「やっぱり……」
「今年も優勝候補筆頭」
「……そうか」
蓮の胸に、昨日の悔しさが蘇る。
自分の《亀裂の刃》は、あの剣に届かなかった。
だが。
木葉が蓮の顔を覗き込む。
「出るつもり?」
「……まだ分からない」
「ふーん」
「なんだよ」
「いや」
木葉が笑う。
「出たい顔してる」
「……」
「図星?」
「うるさい」
「あはは!」
そのとき。
「九条」
別の声。
蓮が振り返る。
「アリア」
氷室アリアが立っていた。
「二人とも早いわね」
「アリアちゃんも出るの?」
木葉が尋ねる。
「私は――」
アリアが一瞬だけ蓮を見る。
「出るつもりはないわ」
「え?」
「私は調査が目的だから」
木葉が少し考える。
「でも、参加者の中には境界異常に関係する人がいるかもしれないよ?」
「……それは」
アリアの表情が変わった。
ほんの一瞬。
蓮には分かった。
アリアにとって、この大会は単なる学園行事ではない。
断章を扱う語り手が集まる。
それだけで、エッジズが警戒する理由になる。
「アリア」
「何?」
「無理するなよ」
「……あなたに言われたくない」
「なんで?」
「一番無茶をするのが、あなたでしょう」
「……」
木葉が笑う。
「仲いいね」
「違う」
「違うわ」
二人の声が重なった。
「ふふ」
木葉が楽しそうに笑う。
「じゃあ、私は先に行くね」
「どこへ?」
「情報局」
「大会があるのに?」
「だからだよ」
木葉は振り返る。
「参加者の情報、全部まとめないと」
「全部?」
「うん」
その笑顔に。
蓮は少しだけ不安を覚えた。
「……木葉」
「なに?」
「まさか、参加者全員調べたのか?」
「もちろん」
「……怖い」
「あはは!」
◆
放課後。
学園中央アリーナ。
普段は体育館として使用されている巨大施設が、今日は完全に別の姿へ変わっていた。
観客席。
大型スクリーン。
結界装置。
そして中央には、円形のデュエルフィールド。
数百人の生徒が集まっている。
「すごい……」
蓮は思わず呟いた。
「毎年こんなに?」
「もっと多い年もあるよ」
木葉が隣に立つ。
「断章を使える生徒は、それなりにいるから」
「こんなに……」
蓮は周囲を見る。
炎をまとった生徒。
水の刃を浮かべる生徒。
鳥の幻影を操る生徒。
巨大な盾を出す生徒。
その一つ一つに。
物語がある。
断章がある。
意味がある。
アナウンスが響いた。
『これより――』
会場が静まる。
『斎苑学園・学園断章デュエル、開幕式を開始します!』
大歓声。
「うおおおお!」
「今年こそ勝つぞ!」
「斎宮先輩は出るのか!?」
「もちろんだろ!」
蓮は圧倒されていた。
すると、壇上に一人の少女が現れる。
生徒会長。
白妙天音。
「皆さん」
会場が静かになる。
「今年もこの日を迎えることができました」
彼女の声が響く。
「学園断章デュエルは、語り手同士が自らの断章と向き合い、そして相手の物語と向き合うための大会です」
スクリーンにルールが表示される。
「ここで改めて説明します」
天音が続ける。
「この大会は、決して殺し合いではありません」
観客席が静かになる。
「相手を傷つけることが目的でもありません」
スクリーンに一つの文字。
《断章接続解除》
「相手の断章との接続を解除する」
その文字が大きく表示される。
「それが、勝利条件です」
蓮はスクリーンを見る。
「断章は、語り手が物語と繋がることで力を持ちます」
天音は言葉を続ける。
「その繋がりを断つことができれば、デュエルは終了」
会場から歓声が上がる。
「つまり――」
天音が微笑む。
「最も強い断章を持つ者が勝つとは限りません」
蓮はその言葉に反応した。
「……」
「相手の物語を理解し」
天音が言う。
「自分の物語を使いこなし」
「……」
「そして、最後まで自分自身との接続を保ち続けた者が勝つ」
会場が沸く。
「それが――」
天音が右手を掲げる。
「我々、語り手のデュエルです!」
歓声。
「デュエリストたちよ!」
会場の照明が落ちる。
「自らの物語を示しなさい!」
巨大スクリーンに文字が浮かんだ。
《学園断章デュエル――開幕》
◆
「……デュエリスト」
蓮は呟いた。
「どうしたの?」
アリアが聞く。
「いや」
蓮はフィールドを見る。
「今まで俺は、自分の力を戦うためのものだと思ってた」
「……」
「でも」
中央に立つ参加者たちを見る。
「ここでは違うんだな」
「ええ」
アリアが答える。
「断章を使う者は、物語を背負っている」
「物語を背負う……」
「だから、語り手同士の戦いは」
アリアが静かに言った。
「単純な力比べではないの」
その言葉に。
昨日の朔夜の言葉が重なった。
『断章は、武器じゃない』
『物語だ』
蓮は拳を握る。
「……分かった」
「何が?」
「俺も出る」
アリアが目を見開いた。
「本当に?」
「ああ」
「危険よ」
「殺し合いじゃないんだろ?」
「それでも」
「昨日、朔夜に負けた」
蓮は苦笑する。
「悔しかった」
「……」
「だから、もう一度戦いたい」
木葉が振り返る。
「聞いたよ」
「いつからいたんだ?」
「最初から」
「……」
「やっぱり出ると思った」
「木葉」
「じゃあ」
木葉はポケットから一枚のカードを取り出した。
「これ」
「何だ?」
「大会参加証」
「え?」
「情報局経由で申請しておいた」
「……お前、勝手に?」
「九条くん、参加するって顔してたから」
「顔だけで参加登録するなよ!」
「あはは!」
蓮はカードを見る。
そこには。
《参加者――九条蓮》
と書かれていた。
その下。
《断章:不明》
蓮は眉をひそめる。
「……不明?」
「学園側の登録データに、九条くんの断章名がないんだって」
「そんなことあるのか?」
「普通はない」
木葉の笑顔が少しだけ消える。
「だから、余計に注目されると思う」
「……」
その瞬間。
大型スクリーンが切り替わった。
『それでは――』
司会の声。
『第一回戦、対戦カードを発表します!』
歓声が上がる。
画面に名前が次々と表示されていく。
第一試合。
第二試合。
第三試合。
そして――。
蓮は息を止めた。
画面中央に。
大きく表示された名前。
《九条 蓮》
対戦相手。
《三枝 透真》
「……誰だ?」
木葉がすぐに答える。
「高等部二年。断章《鶴ノ恩返し》」
「……鶴?」
「能力の詳細は不明」
「お前が?」
「うん」
木葉が困ったように笑う。
「まだ情報が少ない」
「じゃあ……」
「初めての相手だね」
蓮はフィールドを見る。
そこには、一人の男子生徒が立っていた。
静かな表情。
白い羽根のような光が、その周囲を舞っている。
蓮の右手が熱くなった。
白い文字。
《断章》
《接続》
《十三%》
「……始まる」
アナウンスが響く。
『第一回戦――九条蓮選手、三枝透真選手!』
歓声。
『両者、フィールドへ!』
蓮は一歩踏み出した。
そして。
観客席を見上げる。
数百人の視線。
木葉。
アリア。
そして。
少し離れた場所に立つ――斎宮朔夜。
朔夜も蓮を見ていた。
目が合う。
「……」
朔夜は何も言わない。
ただ。
ほんのわずかに頷いた。
蓮も頷き返す。
「行ってこい」
木葉の声。
「九条くん」
「ああ」
「情報は、私が取る」
蓮は笑った。
「頼む」
「任せて」
蓮はフィールド中央へ進む。
三枝も歩いてくる。
互いに一定の距離を取る。
フィールドの外周に結界が展開された。
青白い光が円形に走る。
『これより、第一回戦を開始します』
審判が中央に立つ。
「両者、断章接続を確認」
蓮の右手が光る。
三枝の周囲に白い羽根が舞う。
「勝利条件は相手の断章接続解除」
蓮は拳を握る。
「殺傷行為は禁止」
三枝も構える。
「断章完全解除を確認した時点で試合終了」
心臓が速くなる。
蓮は深く息を吸った。
「……これが」
自分の右手を見る。
「デュエル」
審判が腕を上げる。
「――始め!」
瞬間。
フィールドが光に包まれた。
蓮の前に。
巨大な白い文字が現れる。
《断章》
《裂》
《刃》
「来い――!」
白い刃が形を取る。
同時に。
三枝の背後から無数の白い羽根が舞い上がった。
歓声が爆発する。
――物語と物語。
断章と断章。
語り手と語り手。
それぞれの物語を背負った者たちが。
今。
戦う。
勝敗を決めるのは。
力だけではない。
速さだけでもない。
知識でもない。
自分が繋がっている物語を。
どれだけ理解しているか。
そして。
相手の物語を。
どれだけ読み解けるか。
――それこそが。
斎苑学園における。
**《デュエリスト》の戦いだった。**
蓮は白い刃を構える。
「……行くぞ!」
そして。
最初の一撃が。
放たれた。
第5節 蓮VS朔夜
歓声が、斎苑学園の地下闘技場を揺らしていた。
円形のフィールドを取り囲むように設置された観客席。
その中央には、淡い光を放つ巨大な結界が張られている。
学園断章デュエル。
斎苑学園に所属する語り手たちが、自らの断章を用いて戦う公式戦。
勝敗を決めるのは、相手の肉体を倒すことではない。
――断章接続の解除。
相手の物語を読み、断章との繋がりを断った者が勝者となる。
「第一回戦――!」
実況席から声が響いた。
「九条蓮選手、三枝透真選手!」
観客席から歓声が上がる。
「来た!」
「九条だ!」
「この前、市ヶ谷の事件に関わったって噂の……?」
「新人じゃないのか?」
ざわめきの中、蓮はフィールドへ歩いていった。
「……人、多すぎだろ」
思わず呟く。
反対側から、三枝透真が歩いてくる。
同じ高等部二年。
短い黒髪に、落ち着いた表情。
「九条蓮……だよな?」
「ああ」
「俺は三枝透真。よろしく」
「よろしく……」
三枝は軽く笑った。
「緊張してる?」
「……してる」
「正直だな」
「こういうの初めてだから」
「俺も似たようなもんだよ」
その言葉とは裏腹に、三枝の目は鋭かった。
フィールド中央に立った蓮の右手が、わずかに震える。
――《断章》。
文字が、皮膚の下を流れるように浮かび上がった。
蓮は拳を握った。
「……大丈夫だ」
自分に言い聞かせる。
観客席の少し上。
そこに木葉がいた。
「蓮くん!」
神楽木葉――ではない。
正式には、神楽 木葉。
高等部一年。
生徒会情報局に所属する彼女は、手元の端末を操作しながら声を張った。
「落ち着いて! 相手の断章情報、今出すから!」
蓮が振り向く。
「木葉!?」
「実況じゃなくて情報支援!」
「そんなことまでしていいのか?」
「情報局ですから!」
木葉は笑った。
その隣では、アリアが静かにフィールドを見つめていた。
「……九条くん」
「ん?」
「あなたの力は、あなた自身が一番よく知っているはず」
「……ああ」
「でも」
アリアの青い瞳が細くなる。
「知っていることと、使いこなせることは違う」
「……」
その言葉が、妙に胸に残った。
審判が手を上げる。
「それでは――」
結界が一段階強くなる。
「第一回戦、開始!」
「《鶴ノ恩返し》――!」
三枝の背後に、白い鶴が現れた。
翼を広げ、無数の白い羽根が舞い上がる。
「来る!」
羽根が一斉に飛んだ。
「――っ!」
蓮は横へ跳ぶ。
一本。
二本。
三本。
床に突き刺さった羽根が、淡い光へ変わる。
「速い……!」
「まだ終わりじゃない!」
三枝が手を振る。
羽根が空中で反転した。
「後ろ! 蓮くん!」
木葉の声。
「――!」
蓮は咄嗟に右手を振った。
白い文字が走る。
《断章》
《裂》
《刃》
「――《亀裂の刃》!」
白い刃が空間に生まれた。
迫っていた羽根を一閃。
斬撃の軌跡が、空気そのものに亀裂を走らせる。
「なっ――」
三枝が目を見開く。
蓮はそのまま踏み込んだ。
「これで……!」
白い刃が、三枝の断章へ向かう。
だが。
ザァッ――!
鶴の羽根が盾のように重なった。
「まだだ!」
「――!」
刃が止まる。
三枝の断章が、蓮の斬撃を受け止めた。
しかし。
蓮は構わず、刃の向きを変えた。
「だったら――」
斬る。
羽根ではない。
その奥にある――三枝と断章の接続を。
白い線が一本、走った。
パキンッ。
何かが割れるような音。
三枝の背後にあった鶴が消えた。
「……え?」
フィールドの表示が切り替わる。
《断章接続解除》
《勝者――九条蓮》
一瞬の静寂。
そして歓声。
「勝った……?」
蓮自身が驚いていた。
「俺が……?」
三枝は苦笑した。
「なるほど。そういう力か」
「悪い」
「謝るなよ。勝負なんだから」
三枝は手を差し出した。
「次も頑張れよ」
「ああ」
蓮はその手を握った。
観客席では、木葉が小さく拳を握っていた。
「第一回戦、突破!」
しかし。
その横で、アリアは笑っていなかった。
そして少し離れた場所。
腕を組んで試合を見ていた斎宮朔夜もまた、表情を変えなかった。
「……」
蓮の《亀裂の刃》。
それだけを、静かに見ていた。
◇
第二回戦。
「九条蓮選手、対――桐谷冬真選手!」
今度の相手は、氷を操る語り手だった。
「《雪女ノ吐息》!」
フィールド全体が白く染まる。
「寒っ……!」
蓮の足元が凍りつく。
「動けないぞ!」
「九条選手、苦戦!」
観客が沸く。
木葉が端末を見つめる。
「蓮くん! 正面じゃない!」
「え?」
「氷そのものを斬るんじゃなくて――断章との接続点!」
「……!」
蓮は目を凝らした。
見える。
薄い。
だが確かに、白い糸のようなものが見えた。
断章と現実を繋ぐ線。
「これか……!」
右手を振る。
「《亀裂の刃》!」
氷を砕く。
そして――その奥を斬った。
パリンッ!
《断章接続解除》
「勝者、九条蓮!」
歓声が上がる。
蓮は息を切らしながら立っていた。
「……見えた」
さっきより、はっきり。
自分の力が少しずつ分かってきた気がした。
いや。
分かってきた。
――そう思った。
◇
第三回戦。
相手は、二つの断章を組み合わせて戦う技巧派だった。
「《猿ノ知恵》!」
幻影が三体に分裂する。
「どれが本物だ……?」
「九条くん、左!」
アリアの声。
「いや、右!」
木葉の声が重なる。
「どっちだよ!」
蓮が叫ぶ。
「左!」
「右です!」
「だからどっち――!」
次の瞬間。
三体すべてが襲ってきた。
「くそっ!」
蓮は咄嗟に《亀裂の刃》を横薙ぎに振った。
三体の幻影が一斉に割れる。
「――本体は中央!」
蓮は踏み込んだ。
「そこだ!」
白い刃が走る。
断章接続を切断。
決着。
《勝者――九条蓮》
大歓声。
「やった!」
木葉が立ち上がる。
蓮も思わず拳を握った。
「……俺、勝てる」
その言葉を。
少し離れた場所で、朔夜が聞いていた。
「……勝てる、か」
小さく呟く。
その声には、笑いも怒りもなかった。
ただ。
静かな確信だけがあった。
◇
数時間後。
準決勝。
フィールドへ向かう通路で、蓮は一人だった。
「……ここまで来たか」
第一回戦。
第二回戦。
第三回戦。
どの試合も、《亀裂の刃》で勝った。
自分の力は通用する。
そう思えてきた。
「九条くん」
後ろから声がした。
アリアだった。
「アリア」
「緊張してる?」
「少しだけ」
「相手を知っている?」
「……名前くらいは」
「そう」
アリアは少しだけ目を伏せた。
「なら、覚えておいて」
「何を?」
「あなたが今まで戦った相手と――次の相手は違う」
「……?」
「斎宮朔夜」
その名前を聞いた瞬間。
蓮の胸がざわついた。
以前、一度だけ手合わせした。
あの時も。
まともに攻撃を当てることができなかった。
だが。
今回は公式戦だ。
観客がいる。
勝敗が記録される。
そして――ここまで勝ち上がってきた。
「今度は……」
蓮は右手を見る。
「今度こそ、届く」
アリアは何も言わなかった。
ただ。
「……そう」
それだけだった。
◇
「準決勝――!」
実況の声が響く。
「九条蓮選手!」
歓声。
「対するは――」
もう一人の選手名が呼ばれる。
だが、蓮の意識は観客席の一角へ向いていた。
そこに。
朔夜が立っていた。
そして。
ゆっくりとフィールドへ歩いてくる。
「……」
「……」
二人の視線がぶつかる。
「久しぶりだな、九条」
「斎宮……」
「いや」
朔夜が立ち止まる。
「今日は、斎宮じゃない」
「……?」
「俺も、お前も」
その瞬間。
朔夜の周囲に、空気とは違う何かが満ちた。
「――語り手だ」
観客席が静かになる。
朔夜が右手を掲げた。
「開け」
光が走る。
一本の剣が現れた。
古い神話を思わせる、しかし単純な古代の武器ではない。
剣そのものに、無数の意味が重なっている。
勇気。
王権。
戦い。
守護。
英雄。
そして――人々が語り継いできた願い。
「《草薙ノ剣》」
空気が震えた。
蓮は息を呑む。
「……これが」
以前見た時よりも。
遥かに重い。
いや。
剣が重いのではない。
そこに積み重なっているものが――重い。
「九条」
朔夜が言った。
「お前の《亀裂の刃》は強い」
蓮の目が細くなる。
「……なら」
「だが」
朔夜は続けた。
「お前は、その力しか知らない」
「……!」
審判が手を上げる。
「準決勝――開始!」
「《亀裂の刃》!」
蓮が先に動いた。
白い刃が一直線に走る。
速い。
今までなら。
そう思った。
だが。
朔夜は動かなかった。
「遅い」
カンッ!
《草薙ノ剣》が、白い刃を弾いた。
「――なっ!」
蓮の身体が流される。
「まだ!」
振り返る。
斬る。
今度は横から。
しかし。
朔夜は半歩だけ下がった。
刃が空を切る。
「……!」
「お前は、最初に必ず右足を前へ出す」
「え?」
「そして、斬る直前に右肩が下がる」
「……!」
蓮の背筋が冷たくなる。
「だから読める」
「だったら――!」
蓮はフェイントを入れた。
右へ踏み込む。
途中で左へ。
白い刃が角度を変える。
「どうだ!」
しかし。
朔夜は、その刃の軌道に剣を置いた。
ガキィン!
「……嘘だろ」
「それも読める」
「なんで……!」
朔夜が答える。
「お前が、攻撃するときに『斬る』ことしか考えていないからだ」
「……!」
「お前の力は、境界を斬る力だ」
剣が光る。
「ならば――境界を見るだけでは足りない」
「……」
「その向こうに何があるのか」
朔夜が一歩踏み込む。
「なぜ、その境界が生まれたのか」
さらに一歩。
「何と何を繋いでいるのか」
蓮が後退する。
「そして――」
草薙ノ剣が振り下ろされた。
「その物語が、何を意味しているのか」
ドォンッ!
結界が揺れた。
蓮の足元が砕ける。
「うわっ!」
転倒。
「蓮くん!」
木葉が立ち上がる。
「九条!」
アリアも思わず声を上げる。
蓮は起き上がった。
「……まだだ」
右手に白い文字。
《断章》
《裂》
《刃》
「まだ……終わってない!」
再び走る。
一直線。
「《亀裂の刃》――!」
朔夜は剣を構えた。
「来い」
真正面から受ける。
白と金の光がぶつかった。
――バァン!
弾き飛ばされたのは。
蓮だった。
「ぐっ……!」
床を転がる。
右手から力が抜ける。
「……どうして」
蓮は呟いた。
「どうして……当たらない」
朔夜は静かに剣を下ろした。
「答えは簡単だ」
「……」
「お前が、自分の力を『武器』としてしか見ていないからだ」
「……武器」
「そうだ」
朔夜の背後に、草薙ノ剣の物語が浮かぶ。
ただの剣ではない。
人々が長い年月をかけて、その剣に与えてきた意味。
「断章は、武器じゃない」
朔夜の声が響く。
「――物語だ」
蓮は動けなかった。
「俺の《草薙ノ剣》は、剣が強いんじゃない」
朔夜が剣を握る。
「この剣に託されたものを、俺は使っている」
「……託されたもの」
「勇気」
剣が輝く。
「守る意思」
さらに強く。
「戦う理由」
蓮の右手の《亀裂の刃》が、かすかに震えた。
「それら全部が、この断章を形作っている」
朔夜が構える。
「お前には、それがまだない」
「……」
「だから」
次の一撃。
「今のお前では、俺には届かない」
閃光。
「――っ!」
蓮の断章接続が、大きく揺らいだ。
《警告》
《断章接続率――急低下》
「……!」
右手に浮かんでいた文字が、ひとつずつ消えていく。
「そんな……」
蓮が膝をつく。
「俺は……ここまで勝ってきたのに」
朔夜は答えなかった。
ただ静かに言った。
「だからこそ、分かるだろ」
「……何が」
「勝てたことと、強くなったことは同じじゃない」
審判が確認する。
蓮は立ち上がろうとした。
だが。
足に力が入らない。
「……くそ」
拳を握る。
「まだ……」
しかし、断章接続は戻らない。
表示が確定する。
《断章接続解除》
《勝者――斎宮朔夜》
歓声が上がった。
だが。
蓮には、その音が遠く聞こえた。
「……完敗、か」
フィールドに立つ朔夜を見る。
悔しい。
腹が立つ。
何より――自分の力が通じなかったことが悔しかった。
朔夜は剣を消した。
「九条」
「……何だ」
「お前には、力がある」
蓮が顔を上げる。
「だが、それだけじゃない」
「……」
「お前が本当に知るべきなのは、《亀裂の刃》の使い方じゃない」
朔夜は静かに言った。
「――お前自身が、何の物語を生きるのかだ」
その言葉だけを残して。
朔夜はフィールドを去っていった。
「…………」
蓮は動けなかった。
木葉が観客席から駆けてくる。
「蓮くん!」
「……木葉」
「大丈夫?」
「ああ……」
そう答えた。
けれど。
右手を見る。
そこには、消えかけた白い文字がひとつだけ残っていた。
《断章》
その文字を見つめながら。
蓮は初めて、自分の力に疑問を抱いた。
――俺は。
この力で。
何を斬りたいんだ?
何を守りたいんだ?
そもそも。
俺の物語って――何なんだ?
答えは、まだなかった。
ただ。
この敗北が。
九条蓮という語り手にとって、最初の大きな転機になることだけは確かだった。
そして。
少し離れた場所で、アリアは蓮を見つめていた。
「……ようやく」
小さく呟く。
「入口に立ったわね」
その瞳には。
ほんのわずかな期待と。
それ以上の、不安が宿っていた。
第6節 敗北
試合終了を告げる音が、いつまでも耳の奥に残っていた。
《断章接続解除》
《勝者――斎宮朔夜》
たったそれだけの表示。
それなのに。
九条蓮には、その文字が何度も頭の中で繰り返されているように感じられた。
「……」
控え室へ戻る通路を、蓮は一人で歩いていた。
足音だけが響いている。
コツ。
コツ。
コツ。
「……くそ」
拳を握る。
まだ右手が熱い。
《亀裂の刃》を使った感覚が残っている。
何度も斬った。
何度も攻撃した。
それでも――一度も届かなかった。
「……なんでだよ」
壁に手をつく。
「俺だって……」
その先の言葉が出てこなかった。
俺だって、勝ちたかった。
俺だって、強くなったと思っていた。
第一回戦。
第二回戦。
第三回戦。
勝った。
勝ち続けた。
相手の断章との接続を見つけて。
《亀裂の刃》で切る。
それだけで、勝てた。
「……俺は」
蓮は右手を見る。
「境界を切れる」
その言葉を口にした瞬間。
胸の奥が、ズキッと痛んだ。
「……」
気づいてしまった。
自分は。
いつの間にか――そのことを誇りにしていた。
市ヶ谷で初めて《亀裂の刃》を使った時。
何も分からなかった。
怖かった。
自分が何者なのかすら分からなかった。
それでも。
境界を切ることができた。
裂け目を閉じることができた。
仲間を守ることができた。
だから。
少しずつ思うようになっていた。
――俺には、この力がある。
――俺なら、斬れる。
――俺なら、戦える。
「……違う」
蓮は首を振った。
「そうじゃない」
その時。
「九条くん」
後ろから声がした。
蓮が振り返る。
「……アリア」
氷室アリアが立っていた。
銀色の髪が、廊下の照明を受けて淡く光っている。
「大丈夫?」
「……大丈夫に見える?」
「見えない」
「だよな」
蓮は苦笑した。
アリアは少し離れた場所で立ち止まった。
「座ったら?」
「……そうする」
二人は廊下脇のベンチに腰を下ろした。
しばらく沈黙が続いた。
「……俺」
蓮が先に口を開く。
「負けた」
「そうね」
「完敗だった」
「そうね」
「……否定してくれよ」
「どうして?」
「そこは普通、『そんなことない』とか言うだろ」
「嘘をついて慰めても意味がないから」
「……相変わらずだな」
アリアは少しだけ笑った。
「でも」
「ん?」
「あなたが負けたこと自体は、私は問題だと思っていない」
蓮は顔を上げる。
「……本当に?」
「ええ」
「でも、俺は――」
「九条くん」
アリアの声が少し強くなる。
「あなたは、何を失ったと思っているの?」
「……何をって」
「試合?」
「……」
「勝利?」
「……」
「それとも」
アリアが蓮を見る。
「自分が強いと思っていたこと?」
蓮の表情が止まった。
「……」
「図星?」
「……かもしれない」
蓮は視線を落とした。
「俺さ」
「うん」
「第一回戦に勝った時、思ったんだ」
「何を?」
「……俺の力、ちゃんと通用するんだって」
アリアは黙って聞いている。
「第二回戦も勝った」
「うん」
「第三回戦も」
「うん」
「だから……」
蓮は自嘲するように笑った。
「俺、勘違いしてたんだと思う」
「何を?」
「強くなったって」
右手を握る。
「《亀裂の刃》があれば、戦えるって」
「……」
「境界を切れるなら、俺は他の語り手とも戦えるって」
そこで蓮は顔を上げた。
「でも、朔夜には何もできなかった」
「そうね」
「攻撃も読まれた」
「ええ」
「動きも読まれた」
「ええ」
「俺の力そのものまで……」
蓮は唇を噛む。
「『それしか知らない』って言われた」
アリアは静かに答えた。
「それが、今回の敗北で一番大切な言葉だと思う」
「……」
「悔しい?」
「悔しいに決まってる」
「腹が立つ?」
「立つ」
「もう一度戦いたい?」
「……ああ」
即答だった。
「勝ちたい?」
「ああ」
「なら」
アリアが立ち上がった。
「この敗北を、ちゃんと覚えて」
「……覚える?」
「ええ」
蓮は眉を寄せる。
「負けたことを?」
「違う」
アリアはまっすぐ蓮を見る。
「**負け方を覚えて**」
「……負け方」
「そう」
その言葉が、蓮の胸に刺さった。
「勝った時は、どうして勝てたのかを考えない人が多い」
「……」
「でも、負けた時は違う」
アリアは続けた。
「どこで読まれたのか」
「……」
「なぜ読まれたのか」
「……」
「何が足りなかったのか」
「……」
「そして――」
銀色の髪が揺れる。
「相手は、自分の力をどう使っていたのか」
蓮の脳裏に、朔夜の姿が蘇った。
《草薙ノ剣》。
剣そのものが強かったわけではない。
その剣に積み重なった意味。
勇気。
守る意思。
戦う理由。
人々が語り継いできた物語。
「……俺とは違う」
「そう」
「俺は……斬っただけだった」
「正確には」
アリアが訂正する。
「あなたは、斬ることしか考えていなかった」
「……」
言い返せなかった。
「でも」
アリアの声が柔らかくなる。
「それは悪いことではないわ」
「え?」
「最初は、それでいい」
「……」
「あなたはまだ、自分の力を理解し始めたばかりだから」
アリアは蓮の右手を見る。
「あなたはブレイカー」
「……ああ」
「境界を見ることができる」
「うん」
「繋がりを切ることができる」
「……うん」
「でも」
アリアが一歩近づく。
「語り手としては、まだ始まったばかり」
「……語り手」
その言葉が、妙に重かった。
「俺は……語り手なのか?」
「もちろん」
「でも俺は、普通の語り手みたいに断章を使えてない」
「だからこそ、学ぶ必要があるのよ」
「何を?」
「物語を」
蓮は黙った。
「あなたは境界を見ている」
アリアが言う。
「でも、物語を見ていない」
「……」
「断章は、ただの力じゃない」
その言葉は。
朔夜の言葉と重なった。
『断章は、武器じゃない』
『――物語だ』
「……同じことを言われた」
「誰に?」
「朔夜に」
アリアは少しだけ目を伏せる。
「でしょうね」
「知ってたのか?」
「斎宮朔夜がどう戦うかくらいは」
「……」
「彼は、断章の意味を読むのが上手い」
「意味を読む……」
「だから強い」
蓮は考え込む。
「じゃあ……」
ゆっくりと右手を開く。
「俺は何を読めばいいんだ?」
「それを探すのが、あなたのこれからの課題」
「……」
「《亀裂の刃》を強くするだけじゃない」
アリアは言った。
「あなた自身が、断章を知ること」
「……断章を」
「ええ」
「物語を……」
「そう」
その時。
「――あっ!」
廊下の向こうから声が響いた。
二人が振り返る。
「蓮くーん!」
小走りで近づいてくる少女。
「木葉?」
神楽 木葉だった。
両手に端末を抱え、息を切らしている。
「もう……探したんですよ!」
「悪い」
「試合終わった後、すぐいなくなるんですもん!」
木葉は蓮の顔を見る。
そして。
「……負けちゃいましたね」
「……ああ」
「悔しいですか?」
「悔しい」
「ですよね」
木葉はあっさり頷いた。
「顔に書いてあります」
「そんなに?」
「ものすごく」
「……最悪だ」
「でも」
木葉は笑った。
「私、ちょっと安心しました」
「なんで?」
「九条くんが、ちゃんと負けたから」
「……は?」
蓮が固まる。
アリアが横で小さく笑った。
「木葉」
「はい?」
「言い方」
「え?」
「今のは少し誤解を招くわ」
「ええっ!?」
木葉が慌てる。
「ち、違います! 負けてほしかったって意味じゃなくて!」
「じゃあどういう意味だよ……」
「九条くん、ここ数試合でちょっと調子に乗ってたので」
「……」
ぐさっ。
「……木葉」
「はい」
「正直すぎない?」
「情報局なので!」
「関係あるのか、それ」
木葉は端末を胸に抱え直した。
「でも、本当にそう思ったんです」
「……」
「第一回戦の時より、今の九条くんのほうが……」
少しだけ真剣な顔になる。
「語り手として、先に進める気がします」
「……どうして?」
「だって」
木葉は蓮を見る。
「勝ってる時って、自分のことを調べようとはしないじゃないですか」
「……」
「負けたら、調べたくなるでしょう?」
蓮は何も言えなかった。
「自分の断章」
木葉が続ける。
「自分の力」
「……」
「そして――」
木葉は端末を軽く叩いた。
「自分が、何者なのか」
蓮の目が変わった。
「……木葉」
「はい?」
「それ……」
蓮は立ち上がる。
「調べられるのか?」
「もちろん」
木葉が笑った。
「私、情報局ですよ?」
その笑顔を見て。
蓮は初めて、少しだけ笑った。
「……頼む」
「任せてください」
木葉は胸を張った。
「九条蓮という語り手が、何者なのか」
その瞬間。
木葉の手元にある端末の画面が、一瞬だけ白く光った。
「……え?」
木葉が画面を見る。
そこには。
通常の検索結果ではない文字が、一行だけ浮かんでいた。
《検索対象――断章接続者》
「……これ」
木葉の表情から笑みが消える。
「何?」
「いえ……」
木葉は画面を閉じた。
「まだ、分かりません」
蓮は気づかなかった。
その時。
木葉の背後で。
ほんの一瞬だけ。
竹の葉のような白い光が揺れたことを。
◇
その夜。
蓮は自室の机に座っていた。
右手を見つめる。
「……ブレイカー」
初めて聞いた時。
特別な力だと思った。
境界を切れる。
裂け目を閉じられる。
世界を繋ぐものを断てる。
強い力。
そう思っていた。
けれど。
「それだけじゃ……駄目なんだ」
蓮は呟いた。
朔夜の剣。
木葉の情報。
アリアの言葉。
そして、自分の敗北。
全部が繋がっている気がした。
「俺は……」
白い文字を浮かべる。
《断章》
「まだ、この力しか知らない」
文字が消える。
「俺はブレイカーだ」
もう一度、右手を見る。
「でも――」
蓮は拳を握った。
「語り手としては、まだ何も知らない」
その言葉を口にした瞬間。
悔しさが、少しだけ形を変えた。
敗北は消えない。
悔しい。
負けたくない。
もう一度、朔夜と戦いたい。
でも。
今度は。
ただ斬るだけではない。
「……次は」
蓮は小さく笑った。
「俺の物語を、ちゃんと見つけてやる」
窓の外。
斎苑市の夜景が広がっている。
その向こうには。
まだ蓮の知らない断章が、いくつも眠っている。
そして。
その物語を読む者が。
蓮のすぐ近くに、もう一人いた。
――神楽 木葉。
彼女の《竹取ノ幻影》が。
まだ誰にも知られないまま。
静かに目を覚まし始めていた。
第7節 竹取ノ幻影
翌日の放課後。
斎苑学園の図書棟、その最上階。
普段はほとんど使われていない旧資料室に、九条蓮は呼び出されていた。
「……ここか?」
古びた扉の前で立ち止まる。
扉には小さな札が掛かっていた。
《生徒会情報局・資料保管室》
「なんで俺がこんなところに……」
昨日の敗北が頭をよぎる。
斎宮朔夜。
《草薙ノ剣》。
そして――。
『断章は、武器じゃない』
『――物語だ』
「……」
蓮は右手を見た。
何も起こらない。
白い文字も出てこない。
「まだ分からないな……」
自分の力。
自分の物語。
考えれば考えるほど、分からなくなる。
「九条くーん!」
「うわっ!」
突然、扉の向こうから声がした。
「いるんですかー?」
「いる! 今開ける!」
蓮が扉を開ける。
「遅いですよ!」
神楽 木葉が立っていた。
両手いっぱいに資料を抱えている。
「悪い。ここ、初めて来たから」
「私も最初は迷いましたよ」
「情報局なのに?」
「情報局だからって、学園中の道を覚えてるわけじゃありません!」
「そういうものなのか」
「そういうものです!」
木葉は胸を張った。
そして。
抱えていた資料を机にドサッと置く。
「はい!」
「……何これ」
「九条くんの調査資料です」
「多くない?」
「少ないくらいですよ」
「これで?」
「これでも、表向きの記録しか集めてません」
蓮の顔が引きつる。
「……俺、そんなに調べられてるの?」
「はい」
「怖いな……」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「褒めてない」
「知ってます」
木葉は笑った。
しかし、すぐに表情を変える。
「昨日のこと」
「……」
「気になってるんですよね?」
「朔夜との試合?」
「それもです」
木葉は一冊のファイルを開いた。
「九条くんの《亀裂の刃》」
「……」
「境界を切る」
「うん」
「断章と現実の接続を切る」
「ああ」
「でも――」
木葉は指を止めた。
「それだけじゃないと思うんです」
「……どういう意味?」
「私にも、まだ分かりません」
意外な答えだった。
「情報局なのに?」
「情報局だからです」
「どういう理屈だよ」
「分からないことを分からないままにしないのも、情報局の仕事ですから」
木葉はファイルを閉じた。
「だから、今日は実験します」
「実験?」
「はい」
木葉が笑う。
「私の断章を見せます」
「……!」
蓮は思わず姿勢を正した。
「それって――」
「初披露です」
「俺に?」
「はい」
「いいのか?」
「もちろん」
木葉は資料室の中央まで歩いた。
窓から夕方の光が差し込んでいる。
埃の粒が、光の中をゆっくり舞っていた。
「ここ、誰も来ないので」
「なるほど」
「それに」
木葉が振り返る。
「九条くんには、知っておいてほしいんです」
「……何を?」
「私が、どうやって情報を見るのか」
木葉は静かに目を閉じた。
「物語は、記録されているだけじゃない」
その声が。
いつもの明るい木葉とは少し違って聞こえた。
「誰かが覚えている」
「……」
「誰かが想像する」
「……」
「誰かが語る」
木葉の足元に。
一枚の白い紙が現れた。
そこに文字が浮かぶ。
《断章》
続いて。
《竹取》
最後に。
《幻影》
蓮の目が見開かれる。
「……これが」
「はい」
木葉が目を開いた。
「私の断章」
空気が変わった。
資料室の壁が。
ゆっくりと消えていく。
「――え?」
蓮が振り返る。
そこにあったはずの本棚がない。
代わりに。
青白い夜空が広がっていた。
「……月?」
巨大な満月。
その光が床を銀色に染める。
竹林が現れる。
さらさらと葉が揺れる。
遠くから。
風の音が聞こえる。
「何だ……これ」
「幻影です」
「でも……」
蓮は竹に触れようとした。
指先が触れる。
「……触れる」
「そう」
「どうなってるんだ?」
「私の断章は、存在しないものを『存在したように見せる』んです」
木葉が歩く。
その先に。
一人の少女が立っていた。
白い着物。
長い黒髪。
月明かりを受けて、輪郭が淡く光っている。
「……誰?」
「かぐや姫」
木葉が答える。
「もちろん、本物じゃありません」
少女は何も言わない。
ただ月を見上げている。
蓮は目を凝らした。
「……すごい」
「でしょう?」
「いや……」
蓮は首を振る。
「すごいっていうか……」
妙な感覚だった。
目の前の少女は幻影。
存在しない。
それは分かる。
でも。
なぜか。
「……本当に、そこにいるみたいだ」
木葉が微笑む。
「それが《竹取ノ幻影》です」
少女の姿が、少しずつ変わる。
幼い姫。
成長した姫。
月を見上げる姫。
地上に別れを告げる姫。
そして。
月へ帰っていく姫。
「私が再現しているのは、竹取物語そのものじゃありません」
「じゃあ何を?」
「人が物語に感じたもの」
木葉の言葉が響く。
「月」
満月が大きくなる。
「姫」
少女が振り返る。
「帰還」
竹林が消えていく。
「別離」
少女の輪郭が薄くなる。
「……」
蓮は息を呑んだ。
「イメージを、形にしてるのか」
「近いです」
「じゃあ、記憶?」
「それも近い」
「じゃあ……何なんだ?」
木葉は少し考えてから答えた。
「残っているもの」
「残っているもの?」
「物語を知っている人の中に」
木葉は胸元に手を当てた。
「ずっと残っているものです」
蓮は黙った。
昨日。
朔夜が語っていたことと似ている。
断章には意味が積み重なっている。
勇気。
守る意思。
戦う理由。
それらが力になる。
木葉の場合は。
もっと柔らかい。
月。
姫。
帰還。
別離。
人々が竹取物語に感じてきたものを、幻影として取り出している。
「じゃあ」
蓮は尋ねた。
「この姫は、誰なんだ?」
木葉は少しだけ笑った。
「誰でもありません」
「……?」
「でも」
木葉が指を伸ばす。
姫の幻影が、蓮のほうを向いた。
「誰かが『かぐや姫だ』と思えば、かぐや姫になる」
「……」
「誰かが『別れを告げる女の子』だと思えば、そうなる」
「……」
「誰かが『月から来た人』だと思えば、それも正解」
蓮は目を見開いた。
「同じ幻なのに……」
「受け取る人によって、意味が変わるんです」
「……」
木葉は微笑んだ。
「だから――」
月明かりの中。
彼女は言った。
「幻って、嘘じゃないんだよ」
蓮は言葉を失った。
「……嘘じゃない?」
「うん」
木葉は姫の幻影を見る。
「だって、そこにあるものを見て、誰かが何かを感じたなら」
少女の幻影が、淡い光を帯びる。
「その瞬間、それはその人にとって『本当』になるでしょう?」
「……」
「誰かが本物だと思った瞬間」
木葉の声が静かに響く。
「それは物語になるから」
――。
一瞬。
蓮には。
資料室そのものが消えたように感じた。
月も。
竹林も。
かぐや姫も。
全部が一つの物語になって。
そして、その物語を見ている自分さえも。
誰かの物語の一部になっているような――。
「……?」
蓮は頭を振った。
「どうしたんです?」
「いや……今、なんか」
「なんか?」
「……変な感じがした」
「変な感じ?」
「ああ」
蓮は周囲を見る。
いつもの資料室。
古い机。
本棚。
窓。
夕暮れ。
もう竹林はない。
月もない。
「……消えた」
「私が解除しました」
「すごいな」
「ありがとうございます」
「でも」
蓮は木葉を見る。
「これ、戦闘でも使えるのか?」
「使えますよ」
「どうやって?」
木葉はニヤッと笑った。
「見たいですか?」
「……嫌な予感がする」
「大丈夫です」
「その言い方の時は大丈夫じゃないんだよ」
「まあまあ」
木葉が手を広げる。
「《竹取ノ幻影》」
再び。
白い光。
資料室の床から竹が伸びる。
「うわっ!」
蓮が飛び退く。
「ちょっと待て!」
「大丈夫です!」
「何が!?」
「幻です!」
「分かってても驚くだろ!」
竹林が一瞬で広がる。
無数の竹が蓮を取り囲んだ。
「……」
蓮は息を整える。
「これ……俺を閉じ込めてる?」
「そう見えてます」
「じゃあ、幻?」
「はい」
「なら、《亀裂の刃》で――」
右手に白い文字を浮かべる。
《断章》
《裂》
《刃》
「……」
だが。
木葉は笑った。
「やってみてください」
「……」
蓮は一閃した。
白い刃が竹を切り裂く。
しかし。
切ったはずの竹が。
また生えてくる。
「なっ……!」
「幻影ですから」
「だったら、切れないのか?」
「切る意味が違うんです」
「……?」
「九条くんは、存在しているものとの繋がりを切るのが得意」
「……」
「でも私の幻影は」
木葉が指を立てる。
「存在していないのに、存在しているように見える」
「……」
「だから、普通に切ろうとしても難しいんです」
蓮は黙った。
また一つ。
自分の知らない戦い方を見せられた。
「……面白いな」
「でしょう?」
「俺の力と全然違う」
「でも」
木葉が言う。
「相性は悪くないと思いますよ」
「俺と?」
「はい」
「どうして?」
「九条くんは、物語と現実の境界を切れる」
木葉が幻影の竹を見る。
「私は、物語から幻を作れる」
「……」
「つまり」
木葉が笑った。
「私が作った幻を、九条くんがどう見るか」
「……どう見るか?」
「はい」
「それが重要なのか?」
「たぶん」
「たぶん?」
「私も全部分かってるわけじゃないので」
木葉は少し困ったように笑った。
「でも、九条くん」
「ん?」
「あなたは『切る』ことばかり考えてるでしょう?」
「……」
「一度くらい、『見る』ことを考えてみてもいいんじゃないですか?」
「見る……」
「物語を見る」
蓮は黙った。
そして。
右手を下ろした。
「……分かった」
「本当に?」
「ああ」
「じゃあ、まずは――」
木葉が資料を一冊取り出す。
「これを読んでください」
「……竹取物語?」
「はい」
「最初から?」
「最初からです」
「長いな……」
「語り手になるなら、それくらい読んでください」
「……分かったよ」
蓮は本を受け取った。
表紙を開く。
そこには。
古い文字で《竹取物語》と書かれていた。
ページをめくる。
紙が擦れる音。
その音を聞いた瞬間。
なぜか蓮は、少しだけ懐かしい気持ちになった。
「……」
木葉が、その横顔を見る。
「九条くん」
「ん?」
「物語って」
「うん」
「読む人が変わると、意味も変わるんですよ」
「……そうなのか?」
「はい」
「同じ文章なのに?」
「同じ文章だからこそ」
木葉は答えた。
「読む人が違えば、見えるものが違う」
「……」
「だから物語って、不思議なんです」
蓮は本を見つめる。
「じゃあ……」
ゆっくりと言った。
「俺が読んだ物語も」
「はい」
「誰かが読んだら、違う物語になる?」
「なると思います」
「それって……」
蓮は考え込んだ。
「どっちが本物なんだ?」
木葉は答えなかった。
ただ。
窓の外を見た。
夕暮れの空。
その向こうに、まだ見えない月がある。
「……どっちも、じゃないかな」
「どっちも?」
「だって」
木葉は振り返る。
「物語って、誰か一人のものじゃないから」
「……」
「書いた人だけのものでもない」
その言葉に。
蓮の指が止まった。
「……書いた人だけじゃない」
「うん」
「じゃあ……」
蓮が顔を上げる。
「誰のものなんだ?」
木葉は少しだけ考えた。
「さあ?」
「さあって……」
「それを探すのも、物語を読む楽しみじゃないですか?」
笑う。
いつもの木葉の笑顔だった。
けれど。
その言葉の奥には。
まだ誰も知らない何かが眠っていた。
――物語は、書かれた瞬間に終わるわけではない。
――誰かが読む。
――誰かが意味を与える。
――そして。
その意味によって、物語は別の形を持ちはじめる。
そのことを。
この時の蓮は、まだ知らなかった。
木葉もまた。
自分が口にした言葉が。
いつか世界そのものを揺らすほど大きな意味を持つことを――まだ知らなかった。
ただ。
資料室に残された一冊の本。
そのページが。
誰にも触れられていないのに。
――ぱらり。
一枚だけ、めくれた。
蓮も。
木葉も。
その音には気づかなかった。
第8節 失われた断章
放課後。
斎苑学園の図書棟、その地下。
生徒が普段立ち入ることのない場所に、一人の少女が立っていた。
「……やっぱり、ここ」
神楽 木葉は、古びた鉄製の扉を見つめていた。
扉には、薄く文字が残っている。
《旧資料保管区画》
その下には。
赤い線で引かれた注意書き。
《関係者以外立入禁止》
「……関係者じゃないんだけどなぁ」
木葉は苦笑する。
「でも、情報局だから」
誰に言うでもなく呟いて。
ポケットからカードキーを取り出した。
ピッ。
電子音。
……反応しない。
「ですよねー」
木葉は困った顔をする。
「旧区画だから、普通のカードじゃ駄目か」
「何してるんだ?」
「――ひゃっ!」
突然、背後から声がした。
木葉が飛び上がる。
「きゅ、九条くん!?」
「……そんなに驚く?」
「驚きますよ!」
蓮が首を傾げる。
「なんでこんなところにいるんだ?」
「それはこっちの台詞です!」
「俺は木葉を探してた」
「……私を?」
「ああ」
蓮は周囲を見る。
「昨日のことが気になって」
「《竹取ノ幻影》?」
「それもある」
「それも?」
「木葉が言ってただろ」
蓮は昨日借りた本を見せた。
「物語を読むなら、断章についても知らないといけないって」
「……」
「だから調べようと思って」
木葉は一瞬黙った。
そして。
「……なるほど」
「何?」
「九条くん」
「うん」
「本当に変わりましたね」
「え?」
「昨日までなら、絶対に『調べよう』なんて言わなかった」
「……そうかな」
「はい」
木葉は笑う。
「いい傾向です」
そして。
扉を見る。
「じゃあ、一緒に行きます?」
「ここに?」
「はい」
「立入禁止じゃ?」
「そうですね」
「……」
「でも」
木葉がカードキーをしまう。
「ここに、私が探しているものがあります」
「……何を?」
木葉の表情が変わった。
「《失われた断章》」
蓮の目が細くなる。
「……失われた断章?」
「はい」
「そんなものが?」
「存在する、と私は考えています」
「考えてる?」
「まだ確認できていないので」
「どうしてそんなものを探してるんだ?」
木葉は答えなかった。
代わりに。
「入ってから話します」
「入れるのか?」
「入れます」
「どうやって?」
木葉がニッと笑う。
「情報局を甘く見ないでください」
そう言って。
扉の横にある古い操作盤を開けた。
「……何してる?」
「鍵を探してます」
「物理的に?」
「情報的に」
「意味が分からない」
「もう少し待ってください」
木葉が数秒、端末を操作する。
ピッ。
ガコン。
古い扉が開いた。
「……」
「……」
二人は顔を見合わせる。
「開いた」
「開きましたね」
「本当に開くとは思わなかった」
「私もです」
「おい」
「冗談です」
木葉は先に歩き出した。
「行きましょう」
「待てよ」
蓮も後を追う。
扉の向こうには。
長い階段が続いていた。
◇
階段を下りる。
一階。
二階。
三階。
「……地下、深すぎないか?」
「斎苑学園って、昔はもっと広かったらしいですよ」
「昔?」
「この学園が今の形になる前」
「知らなかった」
「学園都市そのものが、何度か改修されていますから」
木葉は歩きながら説明する。
「でも」
「ん?」
「記録が残ってない部分があるんです」
「記録が?」
「はい」
木葉の声が少し低くなる。
「特に、地下」
蓮は足を止めた。
「……地下に何がある?」
「それを調べています」
「失われた断章?」
「そう」
木葉は振り返る。
「昔、この学園には断章を研究するための施設があったらしいんです」
「エッジズとは違うのか?」
「たぶん違います」
「たぶん?」
「当時の記録がほとんど残っていないので」
また歩き始める。
「でも、一つだけ分かっていることがあります」
「何?」
「その施設で――」
木葉が立ち止まった。
「《失われた断章》を探していた」
「誰が?」
「分かりません」
「記録に名前は?」
「それを今から確認します」
階段の終わり。
巨大な扉が現れた。
表面には、古い紋章。
本。
月。
そして――一本の亀裂。
「……」
蓮は息を呑んだ。
「この紋章……」
「知ってます?」
「いや」
右手が。
微かに熱を持っていた。
「でも……」
「反応してますね」
木葉が蓮の右手を見る。
「《断章》が」
「……ああ」
白い文字が一瞬だけ浮かぶ。
《断》
そして消えた。
「やっぱり」
木葉が呟く。
「ここにある」
「何が?」
「あなたと関係のあるものが」
「……俺と?」
木葉は答えず、扉に手を当てた。
「開きます」
「どうして分かる?」
「情報です」
「便利だな、それ」
「便利ですよ」
木葉が目を閉じる。
そして。
「《竹取ノ幻影》」
白い光が広がった。
目の前に、古い景色が浮かび上がる。
「……!」
蓮は息を呑んだ。
そこには。
何十年も前の学園があった。
制服も違う。
建物も違う。
そして。
地下施設の中を歩く人々。
「記録映像?」
「正確には」
木葉が答える。
「残留情報です」
幻影の中。
一人の男が古い本を抱えている。
「この人物は?」
「分かりません」
「名前は?」
「まだ」
男が研究員たちに話しかける。
『断章は、物語の一部に過ぎない』
幻影の声は途切れ途切れだった。
『ならば――失われた断章には……』
ザッ。
映像が乱れる。
「……!」
木葉が眉をひそめる。
「もう一度」
幻影が巻き戻る。
『失われた断章には――』
ノイズ。
『――原初の……』
また途切れる。
「原初?」
蓮が呟く。
「何のことだ?」
「分かりません」
「木葉でも?」
「はい」
幻影が進む。
研究員たちが一冊の本を運んでいる。
表紙には何も書かれていない。
「これが……?」
「たぶん」
「失われた断章?」
「まだ断定できません」
男が本を開く。
その瞬間。
部屋中の光が消えた。
「……!」
幻影の中で。
黒い亀裂が生まれる。
「これ……」
蓮の顔が強張る。
「俺が見たものと同じ……?」
木葉も息を呑む。
「……そう見えます」
黒い亀裂の向こうから。
何かが覗いている。
人の目。
いや。
誰かの――姿。
映像が激しく乱れる。
『閉じろ!』
『接続を切れ!』
『失われた断章が――』
そこで。
記録が途切れた。
「……」
二人は無言だった。
「木葉」
「はい」
「今の」
「……見ました」
「俺が見た裂け目と同じだった」
「はい」
木葉は端末を握りしめた。
「だから、私は探していたんです」
「……何を?」
「この記録を」
「いや」
蓮は木葉を見る。
「その前だ」
「……」
「どうして木葉は、《失われた断章》を探してる?」
沈黙。
木葉は目を逸らした。
「……私の先輩が」
「先輩?」
「情報局の」
木葉の声が小さくなる。
「昔、この地下を調べていた人がいたんです」
「誰?」
「名前は――」
木葉が言葉を止めた。
端末の画面を見る。
そこに一つの古い記録が表示されていた。
《地下旧研究区画・調査記録》
《記録者――》
文字が滲んでいる。
木葉が拡大する。
「……読めない」
「古すぎるのか?」
「違います」
「え?」
「誰かが、意図的に削除してる」
「……!」
木葉が別の記録を開く。
こちらも。
名前の部分だけが黒く塗り潰されている。
「何だよ、これ……」
「調査した人間の記録だけが消されてる」
「でも、残ってる記録もある」
「はい」
「だったら――」
蓮が指を差す。
その記録の一番下。
小さな文字。
《共同調査協力者》
《九条――》
蓮の呼吸が止まった。
「……九条」
木葉も黙る。
「木葉」
「はい」
「これ……」
「……九条くん」
「俺の家と関係あるのか?」
「分かりません」
「本当に?」
「分かりません」
木葉は首を振る。
「ただ」
「……」
「この記録に出てくる《九条》という名前は――」
木葉が次のページを開く。
そこには。
《断章適性――極めて高い》
《境界認識――確認》
《物語接続――不安定》
《研究対象との関連――》
最後の一文だけ。
完全に消されていた。
「……」
蓮は何も言えなかった。
「九条くん」
「……」
「まだ、あなたの名前とは限りません」
「分かってる」
「九条家の誰かかもしれない」
「分かってる」
「昔の人かもしれない」
「分かってるって!」
蓮の声が地下に響いた。
木葉が黙る。
蓮自身も驚いていた。
「……悪い」
「いえ」
「ただ……」
蓮は拳を握る。
「まただ」
「……」
「また、俺の知らないところで『九条』が出てくる」
裂け目。
エッジズ。
断章。
並行世界の自分。
そして。
この地下記録。
「俺は……何なんだ?」
その問いに。
木葉はすぐには答えなかった。
「九条くん」
「……」
「だからこそ」
木葉は端末を閉じた。
「《失われた断章》を探すんです」
「……」
「あなた自身を知るために」
その時。
ゴォン――。
地下の奥から。
低い音が響いた。
「……今の、何?」
「分かりません」
「木葉」
「はい」
二人は同時に振り返った。
暗闇。
長い廊下。
その奥に。
何かがある。
いや。
何かが――開いた。
「……行く?」
蓮が尋ねる。
「もちろん」
木葉が答える。
「ここまで来たんですから」
「怖くないのか?」
「怖いですよ」
「じゃあ何で――」
「怖いから、情報が欲しいんです」
木葉は笑った。
「知らないことのほうが、私は怖いので」
蓮も苦笑する。
「……同感だ」
二人は歩き出した。
暗い地下通路の奥へ。
そして。
誰も知らなかった。
この先にあるものが。
《失われた断章》そのものではなく――
それを探していた者たちが残した。
**九条という名前の、本当の意味へ繋がる入口**だということを。
◇
その頃。
地下研究区画のさらに奥。
誰もいない部屋。
古びた机の上に。
一冊の黒い本が置かれていた。
その表紙には。
何も書かれていない。
ただ。
一枚の紙だけが挟まっている。
《失われた断章》
《探索記録・最終頁》
《九条――接続適性あり》
そして、その下に。
誰かが手書きで残していた。
《この名を、決して忘れるな》
ページが。
ひとりでにめくれた。
――パラ。
次の頁には。
一行だけ。
《物語を断つ者が、物語を生む者になる》
地下の闇の中で。
黒い亀裂が。
ほんの一瞬だけ。
笑うように開いた。
第9節「第二の敗北」
放課後。
斎苑学園の第二訓練場には、夕暮れの光が差し込んでいた。
窓の向こうでは、空がゆっくりと橙色から紫色へ変わっている。
誰もいないはずだった。
――ただし。
「……来たか」
訓練場の中央に、斎宮朔夜が立っていた。
制服の上着を脱ぎ、シャツの袖を軽くまくっている。
その右手には、まだ断章を呼び出していない。
蓮は入口で足を止めた。
「……待ってたのか?」
「そう言っただろう」
「いや……」
蓮は右手を見る。
あの日。
学園断章デュエル。
自分は朔夜に敗れた。
《亀裂の刃》を振るうことしか知らなかった。
相手の断章を切る。
接続を断つ。
それだけで勝てると思っていた。
だが、朔夜は違った。
《草薙ノ剣》をただの武器として使っていなかった。
神話。
伝承。
英雄。
勇気。
王。
戦い。
守る者たちの願い。
――それらが積み重なって生まれた「意味」そのものを力に変えていた。
自分とは、何もかもが違った。
「もう一度、やらせてくれ」
蓮が言った。
朔夜はしばらく黙っていた。
「……理由は?」
「確かめたい」
「何を?」
「俺が、前より何か変わったのか」
朔夜の目が、わずかに細くなる。
「負けた直後に、もう一度戦うのか」
「負けたからだ」
「……」
「負けたまま終わったら、前の俺と何も変わらない」
蓮は拳を握った。
「俺は、あの時……お前の剣に何もできなかった」
「そうだな」
「だから今度は――」
右手に、白い文字が浮かぶ。
《断章》。
そして。
《接続》。
「一回でもいい」
蓮は朔夜を見据えた。
「お前に届かせる」
朔夜は静かに目を閉じた。
「……いいだろう」
そして。
「始めよう」
空気が変わった。
訓練場を覆う結界が展開される。
床に淡い光の線が走った。
戦闘領域が形成される。
蓮は構える。
朔夜も構えた。
まだ剣はない。
「……朔夜」
「なんだ」
「前は、お前の動きを見てから動いた」
「そうだったな」
「今度は違う」
蓮の足が床を蹴った。
「先に行く!」
――瞬間。
蓮の身体が前へ跳ぶ。
速い。
前回より明らかに速い。
「……!」
朔夜が横へ移動する。
その瞬間。
蓮の右手から白い刃が生まれた。
「《亀裂の刃》!」
――キィンッ!
朔夜は紙一重で避けた。
床に白い亀裂が走る。
「速くなったな」
「まだだ!」
蓮は止まらない。
二撃。
三撃。
四撃。
連続して斬り込む。
しかし。
朔夜はすべて避ける。
「……!」
「焦るな」
「言われなくても!」
「なら、動きを読まれるな」
朔夜の足が一歩下がる。
蓮はその動きを見た。
――右。
反射的に身体を切り返す。
だが。
朔夜の姿が消えた。
「な――」
背後。
「ここだ」
「っ!」
蓮が振り返る。
そこには朔夜。
その右手に、淡い光が集まっていく。
「《草薙ノ剣》」
光が一本の剣へ変わった。
空気が震える。
だが、蓮は退かなかった。
「来い!」
正面からぶつかる。
――ガァンッ!
白い刃と草薙の剣が激突した。
衝撃。
蓮の腕が痺れる。
「ぐっ……!」
「力任せでは届かない」
「分かってる!」
「ならば、考えろ」
「……!」
押し込まれる。
蓮は歯を食いしばった。
前回と同じだ。
このままでは。
また――。
「……同じじゃない」
蓮が呟いた。
「何?」
「前とは……違う」
蓮は剣を受け止めながら、朔夜の目を見る。
剣そのものじゃない。
朔夜は剣を振るっている。
だが。
力の中心にあるのは、剣ではない。
――物語。
そこに積み重なった意味。
なら。
自分は?
「俺だって……」
右手の白い文字が揺れる。
「俺の《亀裂の刃》にも……意味がある!」
蓮が刃を横へ滑らせる。
草薙の剣を弾く。
朔夜の目がわずかに見開かれた。
「……!」
蓮は一歩踏み込む。
――まだだ。
斬るんじゃない。
切断する場所を見る。
前回は、朔夜の動きだけを見ていた。
今は違う。
朔夜の周囲。
草薙ノ剣と朔夜を繋いでいるもの。
その「物語の接続」を――。
「見える……!」
蓮の視界に、淡い線が浮かび上がった。
一本。
いや。
何本もある。
それは鎖のようにも。
糸のようにも見えた。
神話。
英雄。
勇気。
王。
守る意志。
それらが朔夜の断章へ繋がっている。
「これが……」
蓮の瞳が揺れる。
「お前の力……」
朔夜は何も答えない。
蓮は一気に踏み込んだ。
「なら――!」
《亀裂の刃》を振り抜く。
朔夜は剣で受けようとする。
――違う。
そこじゃない。
蓮は途中で軌道を変えた。
「なに……!?」
刃が剣を避ける。
そのまま。
朔夜の肩口へ。
――白い光が走った。
「――っ!」
朔夜が後ろへ跳ぶ。
制服の肩が、ほんのわずかに裂けた。
蓮の刃が。
――届いた。
「……」
「……」
数秒。
訓練場が静まり返る。
蓮自身も動けなかった。
「……当たった」
呟く。
「当たった……!」
右手を見る。
震えていた。
嬉しかった。
初めて。
朔夜に。
自分の攻撃が届いた。
「俺の……《亀裂の刃》が……」
「――浮かれるな」
「!」
朔夜の声。
蓮が顔を上げる。
次の瞬間。
空気が変わった。
「……しまっ――」
目の前に、草薙ノ剣。
蓮は反射的に刃を構える。
だが。
遅い。
――ドンッ!
衝撃が胸を突き抜けた。
「ぐ……っ!」
蓮の身体が後方へ吹き飛ぶ。
床を転がる。
結界が赤く点滅した。
《接続解除》。
戦闘終了。
蓮はしばらく動けなかった。
「……また、負けた……」
天井を見上げる。
息が苦しい。
悔しい。
やっぱり悔しい。
けれど。
前回とは違う。
何かが。
確かに違っていた。
朔夜が剣を消す。
そして蓮のところまで歩いてくる。
「立てるか」
「……立てる」
蓮は身体を起こした。
「……二回目も負けたな」
「ああ」
「でも……」
蓮は肩を押さえながら笑った。
「一回、届いた」
朔夜は蓮を見る。
「……」
「前は何もできなかった」
「ああ」
「でも今日は、お前に一撃入れた」
「ああ」
「……だから」
蓮は拳を握る。
「前よりは、強くなってる……よな?」
朔夜は答えなかった。
数秒。
沈黙が続く。
やがて。
「前よりは良い」
それだけだった。
「……え?」
蓮が顔を上げる。
「今、なんて?」
「前よりは良い」
「それだけ?」
「それだけだ」
「いやいやいや!」
蓮が思わず立ち上がる。
「もっとあるだろ! こう……『見事だった』とか、『成長したな』とか!」
「必要か?」
「必要だよ!」
「なら、自分で勝ち取れ」
「……!」
朔夜はそれ以上何も言わなかった。
訓練場を出ていく。
その背中を見つめながら。
蓮は拳を握った。
「……前よりは良い」
たった、それだけ。
なのに。
胸の奥が熱かった。
前回。
朔夜は、ほとんど何もさせてくれなかった。
自分の力を理解することもできなかった。
ただ切る。
ただ追う。
ただ負けた。
でも今日は。
見えた。
断章が。
物語が。
そして。
朔夜へ繋がる「意味」が。
「……俺」
蓮は右手を見た。
白い文字が、ゆっくり消えていく。
「少しだけ……分かった気がする」
《亀裂の刃》は。
ただ何かを切るための力ではない。
物語と現実。
人と断章。
意味と意味。
それらの間に存在する「繋がり」を見つける力なのかもしれない。
なら。
まだ知らないことがある。
まだ切れないものがある。
まだ届かない場所がある。
――だから。
「次は……」
蓮は小さく笑った。
「一撃じゃなくて、勝つ」
その時だった。
「――く、九条くん!?」
入口から声がした。
「……え?」
蓮が振り返る。
そこにいたのは、神楽木葉だった。
いや。
正確には――神楽 木葉。
木葉は目を丸くして、蓮と、すでに去っていった朔夜の背中を交互に見ている。
「え、ええっ!? 今、斎宮くんと戦ってたの!?」
「ああ」
「また!?」
「また」
「ちょ、ちょっと待って!」
木葉が駆け寄ってくる。
「だってこの前、負けたばっかりじゃん!」
「だからやった」
「だからって!」
木葉は蓮の制服についた埃を見る。
「怪我は!?」
「大丈夫」
「ほんと?」
「ほんと」
「……」
木葉は蓮の顔を見る。
少しだけ。
前と違う。
悔しそうなのに。
どこか嬉しそうだった。
「……もしかして」
「ん?」
「一撃、入れた?」
「……分かるのか?」
「情報局をなめないでよ」
木葉は胸を張る。
「それに――」
蓮の右手を見る。
「顔に出てる」
「そんなに?」
「うん」
「……」
蓮は少し恥ずかしくなって視線を逸らした。
「まあ……一撃だけ」
「すごいじゃん!」
「でも負けた」
「それでも!」
木葉が笑う。
「前は届かなかったんでしょ?」
「ああ」
「なら、それは大きいよ」
「……そうかな」
「そうだよ」
木葉は笑って。
それから、少しだけ真剣な顔になった。
「ねえ、九条くん」
「ん?」
「今日、何が見えたの?」
「……」
蓮は答えようとして。
やめた。
「まだ、ちゃんと言葉にできない」
「そっか」
「でも――」
右手を見る。
「俺は、ただ切ればいいわけじゃないってことは分かった」
木葉は静かに頷いた。
「うん」
「物語を読まないといけない」
「……!」
木葉の表情が変わる。
「九条くん」
「何?」
「今の言葉、覚えておいて」
「え?」
「たぶん……すごく大事だから」
夕暮れの光が、訓練場の床を赤く染めていた。
蓮は知らなかった。
今日の敗北が。
これから先、自分が「語り手」として戦うための最初の一歩になったことを。
勝利ではない。
完全な成長でもない。
ただ。
前回は届かなかった一撃が。
今日は届いた。
それだけだった。
けれど――。
物語というものは。
ほんの小さな一文から。
ほんの一つの言葉から。
意味を変えていく。
そして。
その変化を最初に見つけるのは。
いつだって――。
物語を読む者だった。
「……さて」
木葉が笑う。
「九条くん」
「ん?」
「次は、私の番かもね」
「……何が?」
「ふふっ」
木葉は答えなかった。
ただ。
その瞳の奥には。
月明かりのような光が宿っていた。
――《竹取ノ幻影》。
物語を映す力。
物語を読む力。
そして。
誰かが「本物だ」と認識した瞬間。
幻は、別の意味を持ち始める。
蓮はまだ知らない。
自分の「敗北」が。
次の物語への扉を。
静かに開き始めていることを――。
第10節「物語を読む者」
夕暮れの第二訓練場。
斎宮朔夜との模擬戦を終えた九条蓮は、まだ少し痛む胸を押さえながら、神楽木葉と向かい合っていた。
「次は、私の番かもね」
「……何が?」
「だから、私と組まない?」
「……は?」
あまりにも唐突な申し出だった。
蓮は思わず聞き返した。
「いや、ちょっと待て。何と組むって?」
「私と。探索のパートナー」
「探索?」
「そう」
木葉は、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべた。
しかし、その瞳の奥には、普段の明るさとは違う真剣な光が宿っていた。
「九条くん。あなた、知りたいんでしょ?」
「……何を?」
「自分が何者なのか」
蓮の表情が変わった。
その言葉は、以前にも木葉から聞かされたものだった。
自分の右手に宿った《亀裂の刃》。
何度も現れる、もう一人の自分。
失踪した姉、天音。
そして、行く先々で現れる《断章》と《九条》の名前。
知りたいことは、山ほどある。
けれど、知ろうとするたびに、謎は深くなっていく。
「……お前、何か知ってるのか?」
「知っていることもあるし、知らないこともあるよ」
「曖昧だな」
「情報って、そういうものだから」
木葉は肩をすくめた。
「全部分かっていたら、私だって苦労しないよ」
「それで、俺と組む理由は?」
「一人では調べられないことがあるから」
「情報局なのに?」
「情報局だから、だよ」
木葉は一歩近づいた。
「情報を集めることと、情報の中に飛び込むことは違うの。記録を読むだけなら、私一人でもできる。でも、記録の向こう側に何があるのか確かめるには、あなたの力が必要なの」
「俺の力……」
「《亀裂の刃》。それに、あなたには普通の語り手とは違う反応がある」
蓮は自分の右手を見た。
「……また、それか」
「うん。また、それ」
木葉は悪びれずに頷いた。
「あなたの力は、断章を攻撃するためだけのものじゃない。何かと何かを繋いでいるものを見つけて、切ることができる。もしかしたら、普通の語り手には開けない場所にも手が届くかもしれない」
「そんな便利な力じゃないぞ。まだ自分でも使いこなせてない」
「知ってる」
「即答かよ」
「今日の模擬戦、見てたもん」
「……見てたのか?」
「途中からね。斎宮くんに二回も挑むなんて、九条くんって意外と負けず嫌いなんだね」
「意外とは余計だ」
「でも、いいと思うよ」
木葉の声が、少しだけ柔らかくなった。
「前にできなかったことが、今日はできたんでしょ?」
「……ああ」
「だったら、次はもっと先に進めるよ」
蓮は答えなかった。
朔夜の言葉が脳裏に蘇る。
――前よりは良い。
たった一言。
それだけで、胸の奥に小さな火が灯った。
勝てなかった。
それでも、前とは違った。
自分はまだ、変われる。
「……分かった」
蓮は顔を上げた。
「組もう」
「本当!?」
木葉の表情が一気に明るくなる。
「やった!」
「ただし、条件がある」
「えっ。なに? お菓子なら持ってるよ?」
「そういう話じゃない」
蓮は思わず額を押さえた。
「俺が何を調べることになるのか、最初に全部説明してくれ。危険な場所に行くなら、それもだ」
「もちろん!」
「それから、勝手に俺の名前を調査記録に書きまくるな」
「……それは、ちょっと難しいかも」
「おい」
「だって、もう書いちゃったし」
「何を!?」
「九条蓮、探索協力者候補。断章適性、極めて高い。境界認識、確認済み。物語接続、要観察――」
「待て待て待て!」
蓮は慌てて木葉の端末を覗き込んだ。
「いつの間にそんな記録を!」
「情報局だから」
「便利な言葉みたいに使うな!」
木葉は楽しそうに笑った。
その笑顔を見て、蓮も思わず口元を緩める。
不思議なことに、彼女と話していると、胸の奥に積もっていた不安がほんの少し軽くなる。
けれど。
木葉が次に口にした言葉は、その空気を静かに変えた。
「……それでね。私たちが探すものなんだけど」
木葉は端末の画面を閉じた。
「《失われた断章》」
蓮の笑みが消えた。
「……やっぱり、それか」
「うん」
「第8節で見つけた記録。あの地下研究区域に残っていたものだな」
「そう。だけど、あれは入口にすぎないと思う」
「入口?」
木葉は頷いた。
「私たちが見た記録には、途中で消えていた言葉があったでしょ?」
蓮は思い出す。
古い研究記録。
黒い亀裂。
そして、欠落した文章。
――失われた断章には、原初の……。
「……原初の何か」
「そう。そこから先が読めなかった」
「それに、九条の名前もあった」
「うん」
木葉は視線を落とした。
「私が《失われた断章》を探しているのは、それがあなたの謎と繋がっているかもしれないから。そして……私自身が知りたいことにも、繋がっているから」
「……お前自身の?」
「うん」
蓮は木葉を見つめた。
いつも明るく、誰にでも気さくに話しかける少女。
情報局の仕事を楽しそうにこなし、誰よりも早く学園の噂を掴む少女。
けれど、その笑顔の裏側に、彼女自身の目的が隠されている。
「……木葉」
「なに?」
「お前は、何を知りたいんだ?」
木葉はすぐには答えなかった。
訓練場の窓から、夕日が差し込む。
長い沈黙のあと、彼女は小さく笑った。
「……物語が、どこから始まるのか」
「物語?」
「うん」
木葉は自分の手のひらを見つめた。
「私の《竹取ノ幻影》は、昔から知っている物語をもとにしているの。竹取物語にある月、姫、帰還、別離。そういう記憶や意味を、幻として映し出すことができる」
「ああ」
「でもね。時々、不思議なことが起こるんだ」
「不思議なこと?」
「私が知らないはずの景色が、幻の中に現れることがあるの」
蓮は眉を寄せた。
「知らない景色?」
「うん。見たこともない建物。読んだこともない本。聞いたこともない言葉。それなのに、幻の中では、まるでずっと昔から知っていたみたいに感じる」
「……それは、お前の記憶じゃないってことか?」
「分からない」
木葉は首を横に振った。
「誰かの記憶なのかもしれない。断章に残された情報なのかもしれない。あるいは……」
「あるいは?」
「まだ、誰にも読まれていない物語なのかもしれない」
蓮は息を呑んだ。
まだ、誰にも読まれていない物語。
その言葉は、なぜか胸の奥に引っかかった。
まるで、以前にもどこかで聞いたことがあるような。
けれど、思い出せない。
「……だから、《失われた断章》を探しているのか?」
「それも理由の一つ」
「他にもあるんだな」
「うん」
木葉は笑顔を戻した。
「でも、それはもう少し仲良くなってから!」
「……お前な」
「だって、秘密が一つもない人間なんて、つまらないでしょ?」
「秘密が多すぎる人間も困るんだよ」
「じゃあ、少しずつ交換しよう?」
木葉は右手を差し出した。
「私が知っていることを教える。九条くんが知っていることも教えて。二人で、記録の続きを探そう」
蓮はその手を見つめた。
自分の過去。
姉の行方。
もう一人の自分。
断章の正体。
それらを知ることが、何を意味するのかは分からない。
知れば、戻れなくなるかもしれない。
今まで当たり前だと思っていた日常が、完全に壊れてしまうかもしれない。
それでも。
ここで立ち止まるつもりはなかった。
「……よろしく頼む」
蓮は木葉の手を握った。
「こちらこそ!」
木葉は嬉しそうに笑った。
その瞬間。
蓮の右手が、かすかに熱を帯びた。
「……っ?」
「九条くん?」
右手の甲に、白い文字が一瞬だけ浮かぶ。
《断章》。
その下に、見慣れない文字列。
――《探索者、二名》。
「今の……見えたか?」
「ううん。何が?」
「いや……」
文字は、すでに消えていた。
蓮は手を握り直す。
偶然か。
それとも、二人が手を組んだことに何か意味があったのか。
答えは、まだ分からない。
*
翌日。
昼休み。
斎苑学園の図書室。
蓮は机の上に広げられた資料の山を見て、思わず声を上げた。
「……多すぎないか?」
「そう?」
向かい側に座る木葉は、平然とページをめくっていた。
「学園の旧校舎に関する記録が三十二冊。地下施設の設計図が七件。戦前から残っている寄贈図書の目録が十五年分。あとは、学園創設時の関係者名簿」
「待て。なんでそんなものが全部出てくるんだ?」
「情報局だから」
「またそれか!」
「ふふっ」
木葉は笑いながら、古い資料を一冊、蓮の前に差し出した。
「冗談はここまで。まずは、この三つを見て」
資料には、斎苑学園の旧校舎の図面が載っていた。
現在の校舎とは、少し構造が違う。
中庭の位置。
講堂の大きさ。
そして、校舎の地下に描かれた、不自然な空白。
「……ここ、何も書かれていないな」
「そうなの」
木葉は図面の一角を指で叩いた。
「旧校舎の地下には、現在の設計図に存在しない空間があったらしいの。でも、何のために使われていたのか、記録が残っていない」
「第8節で見つけた地下研究区域とは別なのか?」
「分からない。あの場所が、この空白の一部なのかもしれないし、もっと深いところにある別の施設なのかもしれない」
「……つまり、まだ地下に何かある可能性がある」
「そういうこと」
木葉は別の資料を開いた。
古い名簿だった。
紙は黄ばんでおり、ところどころ文字がかすれている。
「これが、学園創設時の関係者名簿」
「ずいぶん古いな」
「でも、ここに気になる名前があるの」
木葉の指が、ある一行で止まった。
そこには、複数の研究者の名前が並んでいた。
そして、その中に。
――九条。
蓮の呼吸が止まった。
「……またか」
「うん」
「どうして、こんなに何度も出てくるんだ」
苛立ちが声に滲む。
「俺の家族が、この学園に関係していたのか? それとも、九条という名字が、断章に何か関係しているのか?」
「どちらも、まだ分からない」
「分からないことばかりだな」
「だから、調べるんだよ」
木葉は名簿を閉じなかった。
「ねえ、九条くん。名前って、不思議だと思わない?」
「名前?」
「うん。名前は、誰かを区別するためのもの。でも、記録に残された名前は、それだけじゃない」
木葉は、古い紙の上を指でなぞった。
「その人が何をしたのか。どこにいたのか。誰と関わっていたのか。名前が残っている限り、誰かが生きていた証拠は消えない」
「……」
「逆に、名前だけが残っていて、その人が何をしたのか分からなくなったら?」
蓮は名簿を見つめた。
「……その人の物語が、失われたってことか」
「そう。だから、私は記録を読むの」
木葉は顔を上げた。
「書かれていることだけじゃなくて、書かれなかったことも知りたいから」
蓮は、初めて気づいた。
木葉は単に情報を集めているわけではない。
記録の隙間に残されたもの。
誰かが意図的に消したもの。
忘れられたもの。
そうした「物語の欠片」を探しているのだ。
「……お前、すごいな」
「えっ?」
「いや。俺だったら、ここまで調べようとは思わなかった」
木葉は目を丸くした。
そして。
「……きゅ、九条くん!?」
突然、顔を赤くした。
「な、何? 急にそんなこと言わないでよ!」
「え? 何か変なこと言ったか?」
「変じゃないけど! 変じゃないけど、そういうのは……!」
「そういうの?」
「もうっ! 知らない!」
木葉は資料に顔を伏せた。
耳まで赤くなっている。
蓮は首を傾げた。
「……よく分からないな」
「分からなくていい!」
「そうか……?」
「そうなの!」
しばらくして、木葉は小さく咳払いをした。
「……と、とにかく。調査を続けるよ」
「ああ」
蓮は苦笑しながら、別の資料を手に取った。
ページをめくる。
そこには、学園の歴史が記されていた。
創設。
増築。
旧校舎の取り壊し。
地下施設の閉鎖。
そして、ある年代だけ、不自然に記録が欠落していた。
「……木葉」
「なに?」
「ここを見てくれ」
蓮が指差したのは、学園の地下施設が閉鎖された年だった。
その記録には、短い一文しか残されていない。
――地下資料保管区画、封鎖。
理由は記載されていなかった。
「……変だね」
木葉の表情から、照れくさそうな色が消えた。
「普通なら、封鎖理由や担当部署が記録されているはずなのに」
「しかも、この年だけ関係者の名簿も抜けている」
「うん」
木葉は端末を取り出し、記録を照合し始めた。
画面を操作する指が、次第に速くなる。
「……あった」
「何が?」
「地下資料保管区画の閉鎖に関する、別の記録」
「どこにあったんだ?」
「旧図書委員会の活動報告。正式な施設記録からは消されているけど、別の部署の報告書に一行だけ残っていたみたい」
木葉は画面を蓮に向けた。
そこには、短い文章が表示されていた。
――封鎖区画内における記録異常を確認。
――閲覧者の記憶と、保管資料の内容が一致しない。
――調査担当者、三名が行方不明。
「……記録異常?」
蓮は眉を寄せた。
「閲覧者の記憶と、資料の内容が一致しないって、どういうことだ?」
「書かれている内容が、読む人によって違って見えたのかもしれない」
「そんなことが……」
「断章なら、あり得るよ」
木葉は画面を見つめた。
「物語は、読む人によって意味が変わる。同じ文章を読んでも、受け取るものは同じじゃない。でも、もし……」
「もし?」
「文章そのものが、読む人に合わせて変化していたとしたら?」
蓮の背筋に、冷たいものが走った。
記録が変わる。
記憶が変わる。
人によって、同じ出来事の内容が違ってしまう。
それは、単なる情報の食い違いではない。
世界そのものが、異なる物語を持っているということだ。
「……《失われた断章》が関係しているのか?」
「可能性は高いと思う」
木葉は端末を閉じた。
「そして、私たちが次に行く場所も決まった」
「……地下資料保管区画」
「正解!」
「また地下か……」
「嫌?」
「嫌というか、最近、地下に縁がありすぎる気がする」
「いいじゃない。秘密は、だいたい人目につかない場所に隠されているものだよ」
「その理屈でいくと、秘密を探すたびに地下へ行くことになるぞ」
「それはそれで、探検みたいで楽しそうじゃない?」
「……お前、本当に怖いもの知らずだな」
「怖いものはあるよ」
木葉は笑った。
「でも、知らないままでいるほうが、もっと怖いから」
その言葉に、蓮は何も返せなかった。
*
放課後。
二人は再び、旧校舎へ向かった。
現在の校舎から少し離れた場所に残された古い建物。
普段は生徒が立ち入ることもなく、外壁には年月を感じさせるひびが走っている。
「……本当に、ここなのか?」
「うん。設計図と記録を照合したら、この建物の下に地下区画への通路がある可能性が高い」
「可能性、か」
「大丈夫。今回は前より情報があるから」
「前も、そう言ってなかったか?」
「……言ったかも」
「おい」
木葉は舌を出して笑った。
二人は旧校舎の中へ入った。
廊下には、長い間使われていない机や棚が並んでいる。
窓から差し込む光が、床に細長い影を落としていた。
「うわ……。雰囲気あるね」
「楽しそうだな」
「だって、こういう場所って、何かが隠されていそうじゃない?」
「普通は不気味だと思うぞ」
「九条くんは、怖いの?」
「怖くない」
「じゃあ、先に行って」
「……」
「ほら、どうしたの?」
「……お前、絶対楽しんでるだろ」
「もちろん!」
木葉は悪びれずに笑った。
蓮はため息をつきながら、廊下の奥へ進んだ。
やがて、壁際に不自然な継ぎ目を見つける。
「……ここか?」
指先で触れる。
その瞬間。
右手が熱を帯びた。
「っ……!」
白い文字が浮かぶ。
《断章》。
続いて、かすかな線が壁の表面に現れた。
まるで、壁の向こう側に何かが繋がっているかのように。
「九条くん、どうしたの?」
「……ここに、何かある」
蓮は目を細めた。
見えない。
けれど、感じる。
壁の向こうに続く、何かの繋がり。
《亀裂の刃》を呼び出す。
白い刃が、静かに形を成した。
「待って。壊す前に、少し調べさせて」
木葉が前に出た。
目を閉じる。
そして、両手をそっと重ねた。
「《竹取ノ幻影》」
淡い光が広がる。
古い廊下の景色が揺らいだ。
壁の表面に、別の風景が重なっていく。
かつて、この場所を歩いていた人々。
白衣を着た研究者。
書類を抱えた職員。
そして、壁の前で立ち止まる、一人の男性。
男性は何かを確認すると、壁に手を触れた。
すると。
壁の一部が、音もなく開いた。
「……隠し通路」
蓮が呟く。
木葉は目を閉じたまま頷いた。
「記録に残された景色を再現しているの。ここに、確かに通路があった」
「じゃあ、開けられるのか?」
「試してみる」
木葉の幻が、男性の動きを再現する。
壁の特定の位置に手を触れる。
だが、何も起こらなかった。
「……あれ?」
木葉が目を開けた。
「記録の中では開いたのに」
「鍵が変わったのか?」
「それとも、幻だけじゃ再現できない仕組みなのかも……」
蓮は壁を見つめた。
見える。
壁の奥へ続く、細い繋がり。
だが、その繋がりは複雑に絡み合い、どこが入口なのか判別できない。
「……木葉」
「なに?」
「さっきの男性が触れた場所を、もう一度映してくれ」
「分かった」
木葉が幻を再現する。
蓮は、男性の指先が触れた場所をじっと見た。
そこにあるのは、壁と壁の繋がり。
だが、その一部だけ、わずかに違う。
繋がっているようで、繋がっていない。
閉じているようで、完全には閉じていない。
「……ここだ」
蓮は《亀裂の刃》を構えた。
「切るんじゃない。繋がりの隙間を……開く」
刃を壁に触れさせる。
ほんの少しだけ。
力を込める。
――カチリ。
小さな音がした。
壁の一部が、ゆっくりと横へ動いた。
その向こうには、暗い階段が続いていた。
「……開いた」
蓮は息を吐いた。
「すごい……」
木葉が目を輝かせる。
「九条くん、今の見えたの?」
「ああ。たぶん、閉じるために繋がれていた部分が、完全には固定されていなかったんだ」
「なるほど……」
木葉は、開いた通路を見つめた。
「私の幻で、過去に何があったのかを映す。九条くんの力で、現実に残された繋がりを見つける」
「……二人で一つ、ってことか?」
「そういうこと!」
木葉は嬉しそうに笑った。
「私たち、いいコンビになれるかもしれないね」
「……まだ、探索を始めたばかりだぞ」
「だから、これからだよ」
二人は階段の前に立った。
冷たい空気が、地下から流れ出してくる。
暗闇の奥には、古い扉が見えた。
その扉には、文字が刻まれていた。
――《地下資料保管区画》。
そして、その下に。
薄く消えかけた、もう一つの文字。
《失われた断章・関連記録》。
「……見つけた」
木葉の声が震えた。
いつもの明るい笑顔は、そこにはなかった。
「やっと……ここまで来た」
蓮は彼女の横顔を見つめた。
「……木葉」
「うん?」
「ここから先は、何があるか分からない」
「うん」
「本当に行くのか?」
木葉は少しだけ目を伏せた。
そして。
「行くよ」
はっきりと答えた。
「だって、ここに答えがあるかもしれないから」
「……そうか」
蓮は頷いた。
「なら、俺も行く」
二人は階段を下り始めた。
一段。
また一段。
足音が、暗闇に吸い込まれていく。
やがて、二人の姿が見えなくなる。
その直後。
誰もいなくなった旧校舎の廊下で。
開いた壁の奥から、かすかな音が響いた。
――パラリ。
紙をめくるような音。
そして、地下の扉に刻まれた文字が、一瞬だけ淡く光った。
《探索者、二名》。
その下に、新たな一文が浮かび上がる。
《物語を読む者、接続を確認》。
暗闇の奥で。
何かが、ゆっくりと目を覚ました。
それが断章なのか。
記録なのか。
それとも――。
まだ誰にも読まれていない、物語そのものなのか。
答えは、地下深くに眠っていた。
――第2章・了。